ENCOUNTER with MATHEMATICS ----- 数学との遭遇


第3回


粘性解理論への招待


----- 幾何系・代数系の人たちにも知ってもらいたい -----

1997年5月16日(金)14:30 〜 5月17日(土)17: 00

於 : 東京都 文京区 春日1--13--27 中央大学 理工学部5号館 5533号室


5月16日(金)
14:30〜15:40 粘性解への招待 I : 石井 仁司 氏(都立大・理)
16:20〜17:30 粘性解という弱解の幾何学的側面 I : 儀我 美一 氏(北大・理)

5月17日(土)
10:30〜11:30 粘性解への招待 II : 石井 仁司 氏(都立大・理)
11:50〜12:50 粘性解という弱解の幾何学的側面 II : 儀我 美一 氏(北大・理)

14:20〜15:20 「半連続粘性解」について : 小池 茂昭 氏(埼玉大・理)
15:50〜16:50 粘性解と制御理論の関わり : 長井 英生 氏(阪大・基礎工)

別掲の趣旨に沿った集会の第3回を以上のような予定で開催いたします。 非専門家向けに入門的な講演をお願い致しました。 代数系・幾何系の方々の多くの御参加をお待ちしております。 講演者による講演内容へのご案内を添付いたしますので御覧下さい。

連絡先 : 112 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室

tel : 03-3817-1745
ENCOUNTER with MATHEMATICS : e-mail : encmath@math.chuo-u.ac.jp
三松 佳彦 : e-mail : yoshi@math.chuo-u.ac.jp, tel : 03-3817-1749

粘性解への招待

石井 仁司 (都立大・理)


粘性解は偏微分方程式の弱解の一概念である。 1981年に Crandall と Lions によって導入された。 当初のもくろみは Hamilton-Jacobi 方程式に対する自然な大域解を 如何に定義するかということであった。 そこでは一階の微分方程式である Hamilton-Jacobi 方程式に対して通常の意 味では微分可能でない解を考える必要があり、しかもその解は存在と一意性という 点で十分によい性質を持つという要求があった。粘性解はこの要請に 答えるものとして導入された。 それはまた Kruzkov と Douglisによる Hamilton-Jacobi 方程式の それまでの研究を発展させるというものであり、さらにKruzkov による 保存則 (conservation laws) に対する弱解である entropy 解の Hamilton-Jacobi 方程式に対応する弱解は何かという問に答えるもので あった。時代背景としては、非線形半群理論の具体的な偏微分方程式への 応用を追求するという機運の下でなされた。

粘性解の導入とほとんど同時に、その一つの本質は最大値原理にあるという 指摘により、その定義は理解し易いものに整理された。従って、 対象となる方程式の自然なクラスは単独二階(退化)楕円型方程式であるこ とが認識される。 また、Schwartz の超関数と比すとき、超関数では 「部分積分による 微分の試験関数への移行」という方法を用い、粘性解では 「最大値原理による 微分の試験関数への移行」という方法を用いて、 通常の意味で 微分不可能な関数 に微分概念を導入すると言える。

これまでの研究により、粘性解の重要な基本性質として、解の一意性あるい は解の比較が、Dirichlet 問題、Neumann 問題等に対して広いクラスの単独退 化楕円型方程式に対して解の滑らかさの仮定なしに成立すること や解が広義一様収束の位相における極限操作に関して安定性であることが 知られている。 もちろん、安定性は解の存在を示す上で重要である。連続関数の空間で コンパクトな近似解の列を何らかの方法で構成すれば、部分列の極限として 粘性解が得られる。 これまでに得られている比較定理が粘性解理論の中核を成している由だが、 解の一意性(比較)の問題は永遠の課題に思われる。現在までに得られてい る比較定理に関する簡単なサーベイを通して、粘性解の理論の解説を 行いたいと考えている。

粘性解のこれまでに知られている応用は概ねつぎの4種類に分けられる。
(1)最適制御と微分ゲーム。
(2)楕円型方程式あるいは放物型方程式に対する 特異摂動。
(3)超曲面の時間発展へのレベルセット・アプローチ。
(4)L における変分法。
(1)については、Hamilton - Jacobi

方程式は最適制御と微分ゲームに対する値関数の満たすべき方程式として現 れる。 この値関数は通常せいぜい Lipschitz 連続程度の滑らかさしか持たない。

(2)については、広義一様収束に関する粘性解の安定性により、 特異摂動問題に対して多くの応用を持つ。
(3)については、1980年代の終わりに粘性解の新しい応用として、 Chen-Giga-Goto と Evans-Spruck により 最初に研究された。 儀我美一氏の精力的な貢献により、理論と 応用の両面で現在最も進展目ざま しい。

(4)については、1960年代の Aronsson の研究に遡ることができる が、粘性解の導入により初めて解析の土台が与えられたといえる。

これらの応用の幾つかを簡単に紹介したいと考えている。


参考文献

[1] M. G. Crandall, H. Ishii, P.-L. Lions, User's guide to viscosity

solutions of second order partial differetial equations, Bull. AMS. 27

(1992), 1 -- 67.

[2] 石井 仁司, 粘性解の応用, 数学 47 (1995), 97 -- 110.


粘性解という弱解の幾何学的側面

儀我 美一 (北大・理)


必ずしも通常の意味で微分できない関数に対して解の概念を拡張すること によって偏微分方程式の解とみなす考え方には100年以上の長い歴史が あります。 例えば、電磁気学でおなじみのポアソン方程式やラプラス方程式の境界値 問題の解を変分原理によって構成することを考えましょう。 雑にいえばディリクレ積分という(汎)関数を最少にするような関数を みつける問題を解くことになります。 汎関数に下限があるとしましょう。 直接法という方法では、ディリクレ積分の下限に近づいていく関数の列 ---最小化列という---をつくり(この列はいつも存在します)その極限とし て 最小解を構成(少なくともその存在をしめ)します。 ここで最小化列に何らかのコンパクト性があれば少なくとも部分列は 収束します。 もし汎関数がその収束に関して下半連続であれば、収束先こそ最小解です。 ここでコンパクト性をいうためにはできるだけ弱い位相で考えたいし、 下半連続性をいうにはできるだけ強い位相で考えたくなるという問題が あります。 うまく適当な位相がみつかってもその位相での収束極限は必ずしももとの 方程式を記述するのに必要な階数だけ微分可能にはなりません。 そこでどうしても、解の概念を弱める必要が出てきました。 これがいわゆる`弱解'の概念の始まりです。
弱解の概念を正しく捉えるには、関数空間の概念が必要で、そのため関数解 析 が進展し、超関数論も生まれました。 しかし、その初期においては主として線形の問題の解析に焦点があてられて いて、データさえ十分滑らかなら、弱い解も結局滑らかになるという問題が 主でした。 これに対し、バーガーズ方程式や、ハミルトン・ヤコビ方程式のような非線 形 方程式ですと、データが滑らかでも、有限時間で解の滑らかさが失われて、 滑らかにならない弱解の概念が必要になりました。 非線形問題でも、超関数論的な部分積分に根ざした弱解の概念も重要で、 バーガーズ方程式のような非線形双曲型保存則では実際多く用いられて います。 しかし、ハミルトン・ヤコビ方程式のように非線形性の強い方程式ではこの よう な考え方はうまくいきませんでした。
そこで1980年代前半に Crandall と Lions により導入された部分積分 に根ざさない弱解の概念---粘性解---が重要になるわけです。 この理論は、石井仁司先生により整備され、今日では大変わかりやすいもの に なっております。 10年前までは粘性解の理論は、どちらかというとコントロールの問題等の 応用が主で、微分幾何学で必要な方程式には適用できませんでした。 その後、2階偏微分方程式に拡張されモンジエ・アンペール方程式など 取り扱えるようになりました。 7〜8年前に、平均曲率流方程式の弱解の構成に粘性解の理論が用いられる と(Chen-Giga-Goto, Evans-Spruck)幾何解析の立場からも注目されるよう に なりました。
ここでは、粘性解を幾何学的側面から少し見直しながら、平均曲率流方程式 を 含むいわゆる曲面の方程式の弱解の構成法である、等高面の方法をふりか えって みるつもりです。 その過程で、なぜ解析学では対称性のような代数的仮定をおとしてできるだ け 一般的な状況で解を考えたくなるかということについても述べるつもりで す。 なお初歩からの詳しい説明は [1] を参照して下さい。 また関連する文献については [2] を参照して下さい。
参考文献
[1] 儀我美一・陳蘊剛、動く曲面を追いかけて、日本評論社 (1996).
[2] 儀我美一、曲面の発展方程式における等高面の方法、数学 47(1995), 321-340.

「半連続粘性解」について   小池 茂昭 (埼玉大・理)


儀我・長井氏によって粘性解理論の多彩な応用が本集会で紹介されると 思われますが、私の講演では、もう一度原点に戻ってコントロ−ルへの 応用を念頭において議論の再点検を行いたいと思います。

石井氏の概説でも述べられる通り、粘性解の理論の長所として、 『期待される』解(応用上、最も望ましい解)の一意性を保証している 点が挙げられます。これは、比較定理によって導かれます。 しかし、この比較定理は、同時に(粘性)解の連続性まで導いてしまいます。 つまり、『期待される』解が不連続の場合に粘性解の理論 は適用できないという事になります。 例えば、機体に損傷を負ったアポロ13号は、うまく地球に辿り着けました が、 ほんの少しの差で宇宙の藻屑となったかもしれないわけで、 『結果の不連続性』は現実的・深刻な問題です。

この困難を解決したのがBarronとJensenによる研究 [1] です。 つまり、半連続な粘性解の一意性(連続性を導かない)が成り立つような、 新しい粘性解の定義を1階の凸Hamiltonianに対して導入したのです。

この講演では、具体例を念頭に置きつつ、 凸解析としても重要なBarron-Jensenの補題 を解説するとともに、この概念の正当性を『逆向き』動的計画原理 を用いて説明してみたいと思います。
参考文献

(残念ながらまだ、専門家向けの論文しかありません。)
[1] E.N.BARRON & R.JENSEN,

Semicontinuous viscosity solutions for Hamilton-Jacobi

equations with convex Hamiltonians, Comm. in PDE, 15 (1990),

1713-1742.

粘性解と制御理論の関わり 長井 英生 (阪大・基礎工)



粘性解の概念はその誕生当初から制御問題と深い関わりを持って生まれたこ とは よく知られています。 実際、P.L.Lions は'80年代初頭に来日した際、

N.V. Krylovの 成書 "Controlled Diffusion Processes", Springer を 彼にとって "Bible" とさえ言っていました。 この書物は確率制御問題の値関数が Hamilton-Jacobi-Bellman 方程式を 超関数の意味で満たすということを最初に示した Krylov の'70年代の仕事を 集大成したものです。しかしながらそこでは、 一様楕円性の仮定の下での確率積分の評価 (アレクサンドロフの多面体理論に基づくKrylov の評価)が基礎となっていま した。 Lions がこの仮定の排除に強い執念を抱いていたことは疑いないと思われま す。

一様楕円性から退化楕円性へ、超関数解から粘性解へ、この飛躍の意味する ものを、 制御理論との関わりから考察してみるとどういうことになるでしょうか。 粘性解の概念はそのまま工学者の扱う制御理論に受け入れられたでしょう か。 答えは否です。'80年代後半、制御理論に関心を抱く数学者と工学者は 一旦離反するかの様相を示します。 先端的な工学者が粘性解に目を向け始めるのはようやく最近になってです。 この間の事情は何があるのでしょうか。

そこには、 '80年代の工学における制御理論の革新 LQG(Linear Quadratic Gaussian) 制 御 から H 制御への移行、そのことに起因する確率制御からの離脱、 '90年代に入っての H 制御理論の成熟と 非線形 H へ の模索 といった 背景が工学サイドにあります。

一方数学サイドにおいては数学的に徹底した粘性解の理論の整備、 数学の工学への貢献をあくまで追求するため工学的原理を数学で説明しよう とする 応用数学者の努力といったことがあります。 そして、工学者が徹底した数学理論として整備された粘性解の理論に 目を向けるようになったことは、上の超関数解から粘性解への飛躍の意味に 関連します。 このあたりの事情を説明してみたいと思います。

この粘性解と工学的制御理論の関わりをみるとき、 数学と数理諸科学との関わりのあり方という 現代的トピックに示唆するものがあると思います。