ENCOUNTER with MATHEMATICS ----- 数学との遭遇


第4回

Mordell-Weil 格子

および関連する話題





1997年9月26日(金)14:30 〜 9月27日(土)16: 30

於 : 東京都 文京区 春日1--13--27 中央大学 理工学部5号館 5533号室



9月26日(金)
14:30〜15:45 モーデル・ヴェイユ格子入門 I : 塩田 徹治 氏(立教大・理)

16:30〜17:45 モーデル・ヴェイユ格子入門 II : 塩田 徹治 氏(立教大・理)

9月27日(土)
10:30〜11:45 モーデル・ヴェイユ格子入門 III : 塩田 徹治 氏(立教大・理)

13:20〜14:35 階数の高いアーベル多様体の構成について : 寺杣 友秀 氏(東大・数理)

15:10〜16:25 Mordell-Weil 群, 代数的サイクル, モチーフ・・ ・ : 斎藤 毅 氏(東大・数理)


別紙の趣旨に沿った集会の第4回を以上のような予定で開催いたします。 非専門家向けに入門的な講演をお願い致しました。 多く方々のの御参加をお待ちしております。 講演者による講演内容へのご案内を添付いたしますので御覧下さい。

連絡先 : 112 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室

tel : 03-3817-1745
ENCOUNTER with MATHEMATICS : e-mail : encmath@math.chuo-u.ac.jp
homepage : http://www.math.chuo-u.ac.jp/ENCwMATH
三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp



モーデル・ヴェイユ格子 入門

塩田 徹治(立教大学・理)


1989年春にはじまるモーデル・ヴェイユ格子(と名付けたもの)との出 会いは、 私にとっても 文字通り新鮮な「数学との遭遇」であった。旧知のひとに出会 い、 昔よりはるかにそのひとのことをよく理解する機会にめぐりあったようなも のだ。 当時、一つの楕円曲線の有理点を具体的に求めることをコンピュータで実験 してみた所、 特別な形の240個の有理点が得られた。 この結果が、ランク8のルート格子 E8 の240個の 最短ベクトルの決定に相当することに気付いた時が、物事の転回点となった。

モーデル・ヴェイユの定理によれば、有理数などを係数とする楕円曲線 (やアーベル多様体)の有理点の全体は、 有限生成なアーベル群となる;それをモーデル・ヴェイユ群とよぶ。 モーデル・ヴェイユ格子(MWL) の理論の基本的アイデアは、 「モーデル・ヴェイユ群に、適当な内積をいれて、格子としてみる」という ことである。 この立場からみると、予想外に豊富な事柄が自然なつながりをもって見えて くるのである。 ある人は私のMWLの話を評して、箱庭のようだ、といったことがある。 代数、幾何、数論、代数幾何、トポロジー、など色々なものを、 木々や草花、池や水の流れ、丘や築山などにたとえたのだろうか。

モーデル・ヴェイユ格子に関して、できるだけ分かりやすい紹介を、とのご 要望をうけて、 3回の講演の予定を、以下のようにたててみた。

I. モーデル・ヴェイユ格子の背景から定義まで
  1. 格子と Sphere Packing(球のつめこみ)
  2. 楕円関数、楕円曲線、モーデル・ヴェイユの定理
  3. 楕円曲面上の交点理論
  4. モーデル・ヴェイユ格子(MWL)

II. E6, E7, E8 の背後にひそむもの
  1. ルート格子 E6, E7, E8 とその双対格子
  2. 有理楕円曲面のMWL
  3. MWLから生ずる代数方程式とガロア表現
  4. 特異点の変形と MWL
  5. 古典再訪:3次曲面上の27本の直線、4次曲線の28本の双接 線

III. 応用と展望
  1. Sphere Packing への応用(標数pの超特異現象の意外な効用)
  2. ランクの高い楕円曲線の構成
  3. より一般の枠組みでのMWL展望

講演を聞かれた方に、なるほど面白いと感じて頂けるならば幸いである。

(お手近な参考文献:雑誌「数学」43巻(1991) 所収の論説 "MWLの理論と 応用")


Mordell-Weil 群, 代数的サイクル,モチーフ...

斎藤 毅(東大・数理)



Fermat 予想の解決以後、楕円曲線の数論についての最も魅力的な未解決問題 の一つは、Birch-Swinnerton-Dyer の予想である。 それは、 上定義された楕円曲線 E の Mordell-Weil ランクが、E のゼータ関数 s=1 における零点の 位数に等しいことを予言している。 すなわち、mod p での E の整数解の個数を Euler 積や解析接続の ような非常に超越的な方法を用いて集めることによって、Mordell-Weil ランク という微妙な数論的不変量がとらえられる、という主張である。

この予想は類数公式の一つの現代的な姿であり、それはまた、現在発展中のゼータ 関数の特殊値の理論を大きく一般化するための出発点でもある。

数体と関数体の密接な類似性により、Tate は代数的サイクルとゼータ関数の間の 関係に関する類似の予想に導かれた。 当初有限体上の代数曲面に対するものであったこの予想は、現在 Tate 予想として 広く知られている。 これは種々のコホモロジー理論(エタール、ホッジ、クリスタル・・・)を 備えた枠組みに非常によく合っており、その点をより詳しく研究するならば、 我々はモチーフの世界へと導かれるであろう。

この講演では、包括的な描像を専門以外の方にもわかりやすく伝えることを 目標にする。




階数の高いアーベル多様体の構成について

寺杣友秀


第一章 序

今回お話させて頂くのは、一般の次元の有理数体上に定義されたsimple な abel 多様体で -rank の高いもののを 構成することについてです。 上の abel 多様体で simple な ものを得る事は数論的な問題なのですが、ここでアピールしたい事の一つは、 こういうものの構成に古典的な topology が役立つことです。 ここでいう topology とは monodromy 変換から得られる braid 群の表現に関する 知識です。 abel 多様体で一次元のものは楕円曲線として良く知られており 上の楕円曲線についても様々な 研究がなされています。 一般に 上定義された abel 多様体に ついてその 有理点全体のなす群は Mordell-Weil の定理により有限生成であることが知られています。 その自由部分の rank (以下単にabel 多様体のrank という。)についてもいろいろな 研究がなされています。 しかし楕円曲線においてでさえまだ謎につつまれている部分も多く、たとえばこの 楕円曲線の rank が果してどれくらいまで大きくなりえるかという問題については 未だに未解決問題として残っています。 経験的にはおおきな rank の楕円曲線をみつけることは一般的に難しいようです。 ある種の楕円曲線の族のなかでは rank が高くなればなる程その分布が少なくなる こともわかっていて、そのことからもうなずけるとおもいます。 ちなみに現在の楕円曲線の rank の world record は 23(?)あたりです。 さて一般次元の 上定義された abel 多様体についてはどうかというのが今回のテーマです。 お話させて頂くのは塩田徹治先生との共同研究で、今年の春、Johns-Hoplins 大学の 日米数学研究所 (JAMI Seminar) においてなされました。

今回の話のおおまかな outline はつぎの通りです。 まず塩田氏による多くの有理点をもつ代数曲線族の構成についての復習をします。 この楕円曲線族の Jacobi 多様体の族を考えるとrank の高い abel 多様体の族が 得られます。 さらに 上に定義されたひとつの メンバーとして rank の高い able 多様体を得ます。 このとき得られた abel 多様体がが本質的に新しいものであることを保障するために abel 多様体が simple であることを(あるいは simple であるものがとれることを) 証明します。 ここで braid monodromy の既約性を利用します。 ちなみにもし simple であることを要請しなければ例えば楕円曲線の直積を考える 事により、 上の次元 gの abel 多様体で rank が 23g のものが存在することになります。

第二章 Section をたくさんもつ曲線族

n3 以上の自然数とする。 まず3個の 係数の多項式 , , で次の性質をもつものを考える。

(1) (resp. ) は degree N=2n (resp. n) の monic な多項式。 は高々 degree n-1 の 多項式。



.

(2) , , は恒等式

を満たす。

このとき係数 , , は代数的な関係式で結ばれている。 , から が定まるのは明らかだが逆に から , も定まる。 すなわち係数 , の多項式として表される。 の Tschirnhausen root といわれ ている。 さらに 上因数分解された形 , () で与えられているとすると、 係数 , の多項式で 与えられている。 ここで を座標とする超楕円曲線族

を考えれば、これは u をパラメータとする曲線族と考えることができる。 簡単のため、n を奇数とする。 このとき u が generic ならば は種数 の超楕円曲線族である。 この超楕円曲線族には u でパラメータ付けされた有理点の族すなわち 曲線族の u-パラメータ空間上の section () が次の様にして定義される。

ここでこの曲線族の Jacobi 多様体の族を考えよう。 代数曲線 C 上の点の形式的和の有理同値類(因子類と呼ぶ)全体 のなかで次数 0 の元の なす群には代数多様体の構造が入るが、それをその曲線の Jacobi 多様体とよぶ。 これは abel 多様体となる。 曲線の Jacobi 多様体は abel 多様体を構成する代表的な方法である。 曲線族があるパラメータ付けされていれば同じパラメータでパラメータ付けされた Jacobi 多様体の族 が構成される。 先に定義した section を使って 次数 0 の因子類の族を () によって定義する。 パラメータを -上代数的超越元に とれば N-変数有理 関数体 上の abel 多様体となる。 これを J と書く。 さらに J 有理点を与える。

定理 1 [S] J 有理点のなす群 のなかで rank N-1=4g+5 の自由加群を生成する。

定理 2 [M,S] abel 多様体 J の代数 閉体上 simple な abel 多様体である。 すなわちより低い次元の abel 多様体の直積と同種となり得ない。

証明の概略については以下の章でとりあげることとしよう。

第3章 特殊化と -rank, simplicity

いままでの構成法で に特殊化することを考える。 このとき 上に定義された abel 多様体およびその 有理点 () が得られる。 定理 1 と定理 2 の性質を保ちつつ特殊化することができるか、というのがここでの 主眼である。 ここまでは算術的というよりも幾何学的な側面で見ていたわけであるが、 上の特殊化に関しては、 Diophantos幾何的な見方が必要である。 まず rank についてはつぎの定理がなりたつ。

定理 3 [S] , なる特殊化であって、 u における特殊化 の中で rank N-1=4g+5 の自由群を生成するようなものが無限個存在する。

定理 1 と定理 3 は Neron-Tate height を使って証明できる。 Mordell-Weil Lattice の考え方では Mordell-Weil group に幾何学的方法を使って 楕円曲面や曲線束の Neron-Severi 群を使って二次形式を導入するが Neron-Tate height では関数体の付値を使って二次形式を導入する。 二つの二次形式は base=parameter space が一変数有理関数体の時はより 直接的に関連している。 すなわち Mordell-Weil lattice は Neron-Tate height のよい近似を与える。 この事実は次のように表される。([L], p.322.)

定理 1 および 定理 3 は超越次数が N の関数体について定義される Neron-Tate height およびその特殊化の議論を使って証明される。 ここで有限群 の作用をうまく使う ことにより heght pairing のグラム行列式の非退化性を示す。 実際の Neron-Tate height を求めるのは困難であるにもかかわらず非退化性は示せる のである。 ここでは幾何学的な意味での Mordell-Weil lattice の議論は使わなくてもよい。

つぎに simplicity も保たれる様に 上に specialize することができるかどうかということを考えてみる。 この問に対して威力を発揮するのが braid monodromy の計算と Hilbert の既約性 定理である。 このふたつを結び付けるよりどころとなるのが etale cohomology の比較定理である。 g を与えられた 2 以上の自然数としてまず複素数体上で generic な 種数 g の超楕円曲面の Jacobian が simple であることの証明を与えて みよう。 この事実は森重文氏による証明があるが、ここでは braid monodromy をつかう証明を あたえよう。 まず、n-3=2g として

と置くと、 上には universal な 楕円曲

及びその compact化 が定義される。いま 上に起点 をとれば基本群 が fiber の cohomology に monodromy group として作用 する。 その作用が群の準同型

で与えられているとする。 ここで は cup product を保つ の自己同型写像で適当な base を とることにより と同一視される。

命題 4 (井草、露峰) の像は Level 2 の主合同群 と一致する。 ここで

とする。

証明 証明は g に関する帰納法でおこなう。まず g = 2 のときは井草の 定理である。 帰納法のステップは の基本群の 元すなわち braid をうまくとっての fiber の cohomology への作用を topological にする計算することにより と同型な群が十分たくさんが 含まれることを示す。

系 generic な 超楕円曲面の Jacobian は simple である。

証明 もしも generic な Jacobi 多様体が simple でないとすると、 十分小さな指数有限の の 部分群 G が存在して は既約な表現でない。 ところが G は命題から の指数有限の部分群なのでこれは矛盾である。

さて を座標とする n-次元 affine space および の対称群 による商多様体 を考える。 の座標 の座標は関係式

によって関係付けられている。 さらに dominant な 有理写像 に対して を対応させるものとして定義 される。

にも超楕円曲線族

が定義されていて、, はそれぞれ , への の引き戻しとして得られている。 の点でそこでの の fiber が smooth となるもの のなす集合とする。 写像 のgeneric な fiber が conncected であることより、 上での 超楕円曲面の族 の 一次の整係数 cohomology への monodromy の像は を含むことがわかる。

さて今までの議論に加え etale cohomology と classical cohomology の比較定理を 使うと次の命題が示される。

命題 5 代数的基本群、

を代数的な monodromy representation とする。 この時、 の像は l-進閉包を含む。

次に Hilbert の近似定理を使って への Galois 表現が十分大きくなるような specialization の存在を示そう。 像が十分大きい事を示す際、次の補題は有用である。

補題 G の開部分群とする。 この時十分大きなe をとると次のことが成立する。 G の部分群 HG の像を生成しているならば、 G = H となる。

さて代数的基本群と specialization は次の様に関連している。 有理点 が与えられると、自然な基本群の 準同型 が定まるが、この写像に よる への制限 l-進表現をあたえ ている。 さきの補題により十分おおきい e に対して の像が mod を生成していれば において の像が全体を生成する。 これにより が simple abel 多様体となることが結論される。 の像が mod を生成するような特殊化の とれることは次の Hilbert の既約性定理から結論される。

命題 L 上の既約多項式 に たいして無限に多くの特殊化 が 存在して によって特殊化したものを と書くと 上既約既約な多項式となる。

これまでの議論では rank が落ちないようにする事とsimplicity を同時に両立させ ることについては述べなかったがいままでのことをもう少し注意深くすれば Mordell-Weil rank を落さずかつ simple な特殊化をすることができることがわかる。 まとめてつぎの様な定理を得る。

定理 6 (塩田-T.) g を 2 以上の自然数とする。 上定義された abel 多様体 であって rank が 4g+5 以上となるものが存在する。

注意 代数曲線の Jacobian のかわりに代数曲線の double covering に関する prim variety を使うと rank が 4g+7 以上のものを得ることができる。 この時も simple なものとしてとる事ができる。

注意 同様の議論を射影空間の超曲面の完全交叉を fiber としてもつ Lefschetz pencil に対して適応すると、与えられた multi-degree をもつ 上定義された完全交叉で代数的 サイクルが超平面切断で生成されるものの存在が示される。([T].)

参考文献

GKZ

[L] Lang, S. Fundamentals of Diophantine Geometry Springer Verlag 1983

[M] Mori, S. The endomorphism rings of some abelian varieties I, II Japanese J. Math. 2,3 1976,77

109-130,105-109

[S] Shioda, T. Constructing curves with high rank via symmetry (Preprint)

[T] Terasoma, T. Complete intersections with middle Picard number 1 defined over Math. Z. 189 1985

289-296

[Ts] Tsuyumine, S. Thethanullwerte on a moduli space of curves and hyperelliptic loci Math. Z. 207, no 4 1991 539-568