ENCOUNTER with MATHEMATICS ----- 数学との遭遇


第6回

トロイダル・コンパクト化

この怪獣の謎を探る





1998年2月6日(金)14:30 〜 2月7日(土)16:3 0

於 : 東京都 文京区 春日1--13--27 中央大学 理工学部5号館 5534号室



2月6日(金)
14:30〜15:45  トロイダル・コンパクト化について - I : 佐武 一郎 氏 (中央大・理工)

16:30〜17:45  トーリック多様体入門 : 石井 志保子 氏 (東工大・理)

2月7日(土)
10:30〜11:45 トロイダル・コンパクト化について - II : 佐武 一郎 氏 (中央大・理工)

13:20〜14:35 アーベル多様体の退化について : 浪川 幸彦 氏 (名古屋大・多元数理)

15:10〜16:25  上の構成について : 藤原 一宏 氏 (名古屋大・多元数理)




別紙の趣旨に沿った集会の第6回を以上のような予定で開催いたします。 非専門家向けに入門的な講演をお願い致しました。 多く方々のの御参加をお待ちしております。 講演者による講演内容へのご案内を添付いたしますので御覧下さい。
尚、2日目終了後、佐武先生の古稀をお祝いする会を予定しております。

連絡先 : 112 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室

tel : 03-3817-1745
ENCOUNTER with MATHEMATICS : e-mail : encmath@math.chuo-u.ac.jp
homepage : http://www.math.chuo-u.ac.jp/ENCwMATH
三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp





トロイダル・コンパクト化について I,II

佐武 一郎(中央大学・理工)


数論的商空間のコンパクト化として最初に考えられたもの(佐武・Baily・ Borel のコンパクト化)は標準的で最小という利点がある反面、非常に悪い特異点 をも つものであった。この欠点を除くために 1970 年代に井草、Hirzebruch 等に よ り様々な非特異化が考えられたが、その中で最も一般的かつ優れたものが、 Mumford 達によって構成されたトロイダルコンパクト化である。 を対称領域、G をその自己同型群(の連結成分)、 をその(一つ の 構造に関する)数論的部分群とするとき、商空間 を数論的商空間、そのコンパクト 化を 数論的多様体という。標準的コンパクト化 の有理境界成分 から生じる低次元の数論 的 商空間 を有限個つけ加えて得られ る。トロイ ダル・コンパクト化 は、さらに を境界 に沿って blow up し、商空間 を その上のあ る種のファイバー空間で置き換えて得られるものである。それは の境界成分 から生じる の "穴"を埋めるために, ( に関するジーゲル領域表示を使って)そのトーラス部分をトー リック 完備化で置き換えることによって構成される。

このようにトロイダル・コンパクト化は対称領域の群論的構造をより精密に 反映 するものであり、その境界上のファイバー空間の中にはアーベル多様体を ファイ バーとする空間(久賀のファイバー空間)、さらにその上のトーリック束な どが 現れる。したがってその構造を分析することは、これらファイバー空間およ びそ のコンパクト化(いいかえれば、特異ファイバー)を調べる上に役立つと思 われ る。またその上の line bundle を考察することによって、種々の保型形式の 間 の関係(たとえば、Maass 形式と Jacobi 形式の関係)、その幾何学的意味 を解 明できるかもしれない。また Faltings による 上 の スキームとしての構成が示すように、数論的研究の対象としても興味あるも のと 思われる。

例えていえば、この怪獣の代数幾何学的、数論的性質をもっと良く知る必要 があ る。その健胆な胃の中には様々な動物達(上記のファイバー空間のコンパク ト化、 そのファイバーであるアーベル多様体やトーリック束の退化したもの等)が 飲み 込まれている。これら哀れな動物達を怪獣の腹中から助け出し、その本来の 姿を (より一般な枠組みの中で)回復させることは意味のある問題であろう。

第一の講演では、準備として、有界対称領域の境界成分、対応する放物的部 分群 の構造、ジーゲル領域としての表示、典型的な例として、ジーゲル空間の場 合、 等について概説する。

第二の講演では、数論的部分群 が与えられたとき、それに関する 凸錐 の分解、トーリックな完備化、商空間 方向の局所的完備化、それらの張り合わせによる全体的 コ ンパクト化の構成等を(主としてジーゲル空間の場合の例について)概説す る。

この講演の補足として、三人の方々に講演をお願いすることにした。第一日 目に、 トロイダル・コンパクト化の方法上また発想上、本質的なトーリック多様体 につ いて、石井志保子さんに入門的な講演をお願いした。第二日目にトロイダル ・コン パクト化の重要な応用として、上にも述べたアーベル多様体の退化の理論に つい て、その系統的研究を最初に手がけられた浪川幸彦氏に説明して頂くことに した。 最後に 上の構成については、この方面に詳しい藤 原一 宏氏に解説をお願いした。



トーリック多様体入門

石井志保子(東工大・理)



(n個の積)をn-次元トーラスと呼 ぶ。これ は積  により可換群になる。 いま代 数多様体 X にトーラス

が作用しているとする。特に X が正規で と同型 な開軌 跡をもつとき X を

n -次元 トーリック 多様体 と呼ぶ。 このトーリック 多様体 はとても把 握しやす い多様体なので 代数多様体の良い モデルとしてまた新しい多様体を具体的 に構成す る場合にしばしば用いられる。 ではなぜ把握しやすいのか、どうやって把握 するの かを紹介するのがこの講演の目的である。 講演では n -次元実線形空間の上に 扇と呼ばれる有理多面錐の族を考 える。

この n -次元実線形空間の上の 扇 と n -次元 トーリック 多様体 とは 一対一 に対応することを紹介する。そして トーリック 多様体 の色々な性質は 扇 の性質 で記述されることを見る。 したがってトーリック 多様体は扇によって完全 に把握さ れるということになる。



数論的トロイダルコンパクト化

藤原 一宏(名大・多元数理)



有界対称領域の算術商をみると、数学者は胸がときめく。 この講演では数論の人間のときめきを語ってみたい。 まず、予備知識をいくつか。 そのような多様体にはある標準的な仕方で代数体上の代数多様体の構造が入 ることが 志村五郎氏(プリンストン大)の一連の仕事、及びそれを補完する多くの人 たちの仕 事により示されている(それ故に志村多様体といわれる)。 この事実は現在の数論において極めて重要な役割をはたしている。 まず、これが虚数乗法論の一般化(の一つの方向)であること、つまりモ デュラー関 数の特殊値がどのようなアーベル拡大を生成するかに解答を与えている (Kronecker の青春の夢 , Hilbert の第12 問題)。 また、そのエタールコホモロジー群上にはガロア群とアデール化された代数 群が共に 作用し、 ガロア表現と保型表現との間の非可換類体論を実現すると信じられている (コホモロ ジーの研究のためにもコンパクト化が重要なのである)。

志村多様体自身の話題に戻ろう。志村氏の仕事にもアーベル多様体という形 で現れて いるが、Deligne は Grothendieck のモチーフの哲学(モチーフという数学 的実在を 信じる宗教のようなもの)と志村氏の仕事を結びつけた。夢を語るとすれ ば、志村多 様体は(条件を付けた)モチーフのモデュライ空間なのである。(有界対称 領域自身 は Hodge 構造の分類空間と解釈される。「モチーフは Hodge 構造を生む」 のである。) このようなモチーフ論的視点に立つと、トロイダルコンパクト化の構成はモ チーフの 退化理論の帰結としてとらえられることになる(残念ながら、整数環 Z 上 満足のいく形でのモチーフ理論は知られていないのだが)。 ここでは特殊なモチーフであるアーベル多様体とその退化である 1-motive を通して PEL 型の志村多様体のトロイダルコンパクト化が Z 上自然に構成でき るこ とを述べたい (Siegel modular 多様体の場合は Chai, 及び Faltings によ り、PEL 型の時は筆者による)。しかしながら、あまり一般的には行わず、楕円モ デュラー、 ヒルベルトモデュラーなどのより親しみやすい例から入りたいと思う。



Last Modified : Mar 12, 1913 : 16:39