第10回
応用特異点論
数学(厳密科学)としてのカタストロフ理論をめざして
1999年2月5日(金)14:30 〜 2月6日(土)17:00
於 : 東京都 文京区 春日1--13--27 中央大学 理工学部5号館
2月5日(金)
14:30〜15:50
応用特異点論概説
: 泉屋 周一 氏 (北大・理)
16:30〜17:30
応用特異点論の基礎 I
: 石川 剛郎 氏 (北大・理)
2月6日(土)
10:30〜11:30
応用特異点論の基礎 II
: 石川 剛郎 氏 (北大・理)
11:50〜12:50
一階偏微分方程式への応用
: 泉屋 周一 氏 (北大・理)
14:40〜15:40
微分幾何学への応用
: 泉屋 周一 氏 (北大・理)
16:00〜17:00
微分位相幾何学への応用
: 佐伯 修 氏 (広島大・理)
連絡先 : 112 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室
tel : 03-3817-1745
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三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp
さて、「 応用特異点論」は広く認められている分野の名前
ではない.いうなれば我々の造語である.・・・中略・・・応用特異点論
を応用する対象は数学以外の諸科学のみならず、数学の内部のさまざまな
分野に及ぶ.その意味では、この分野は応用、純粋双方の数学にまたがる
分野であるといえる.
写像の特異点論とは何か.特異点論の基本的な考え方は
どのようなものか.それは何をめざしているのか.
このような問いに,象徴的な具体例によって
可能な限り答えたいと思います.
私(石川)の講演では,理論のプロトタイプとして,
平面から空間への写像や,
平面から平面への写像に現われる特異点がどのようなものか説明します.
また,モース関数や,もっと退化した関数,
あるいは超曲面の特異点を,どのように扱い分類するかという話をします.
数学的ディテールにあまりこだわらず,この素材をもとに,
動機づけや理念を中心に,わかりやすく話すよう努めます.
後半では,特異点論の言葉づかいや,シンプレクティック幾何や
接触幾何などに触れつつ,
ラグランジュ・ルジャンドル特異点論の説明をします.
ラグランジュ・ルジャンドル特異点論は,
進化した数学的カタストロフ理論というべきものであり,
様々な応用が期待されていると同時に,
理論自身,いまも日進月歩発展を続けています.
私の講演は,
「応用特異点論」でいうと,第3章から第7章までの基礎的な部分の概説と
言えます.
では,中央大学でお会いしましょう.
写像の特異点論の応用は、微分位相幾何学の
中に数多く見ることができる。たとえば、今世紀前半にホイットニーは、
どんな n 次元多様体も、2n-1 次元ユークリッド空間にはめ込んだり、
2n 次元ユークリッド空間に埋め込んだりできる、という
定理を示したが、これは(微分位相幾何学的な意味での)
特異点の解消定理と理解することができる。
また、変分問題において重要な働きをする、
多様体上のモース理論は、関数の非退化臨界点
に関するモースの補題、という特異点論の定理を多様体の
位相的構造を調べるのに使ったと解釈することができる。
さらに、最近はやりのバシリエフ不変量の理論も、写像空間の
中で、特異点を持つ写像の空間の補空間のトポロジーを
調べる、という意味で、特異点理論の
応用の一つであると言える。
このように話すべき話題は多いわけであるが、
本講演では、ある限られた簡単な特異点しか持たない
微分可能写像に着目し、与えられた多様体に対して、
そうした写像を許容する、しない、
という事実が、その多様体の位相構造、ひいては微分構造と
深くかかわる、という最近明らかにされた
事実について解説してゆきたいと思う。たとえば、
ある種の写像を許容することと、大域変分学において
重要な役割を果たした、ルシュターニーク・シュニーレルマン
カテゴリーが密接に関連すること、解析的手法を
用いて定義される4次元多様体のサイバーグ・ウィッテン
不変量を用いて、複素解析曲面上のある種の写像の
非存在が示せること、などについて言及したい。
Last Modified :
Mar 12, 1913 : 21:54
前文
今年(1998年)の夏に北海道大学理学部数学科のパイロット事業「高校
生の為の
夏期講座」において、「3次方程式とコーヒーカップの底」と題した講演を
3時間ほ
ど行った.そこでは、3次方程式の標準形における判別曲線がカスプ型とな
ること、
及び、乳白色のコーヒーカップの底にあたる光から出来る焦線の形が同じく
カスプ型
になることが観察され、その両者にはいかなる関係があるかと言うことを高
校一年生
程度の数学知識を仮定して解説した.当講演では、同様な話題から出発し
て、日常生
活で観察される様々なカスプ型について特異点論的にはどのように解釈され
るのかを
解説したい.また、簡単に可微分写像の特異点論の歴史を概観し、石川氏に
よる基礎
理論の解説につなげたい.これにより、基礎理論の必要性と応用の必然性の
理解の補
助となるであろう.
当日、レーザーポインターを使って、実際にカスプ型をスクリーン上に映し
出す実験
も試みたい.
一階偏微分方程式への応用 泉屋 周一(北大・理)
線形の偏微分方程式に対しては、弱解として、超関数の理論が大変良く機能
する事が
、今世紀前半の微分方程式論における主要な研究成果の一つであった.しか
し、非線
形偏微分方程式の場合、現在までのところ統一的な取り扱いは存在しない
(ように思
われる).たとえ、一階の偏微分方程式においてでさえも、準線形の場合と
非線形の
場合には取り扱いが異なる.一方、一階の場合には、幾何学的方法が前世紀
の偉大な
数学者達(リー、ダルブー、グルサー等)によって、ほぼ完全な形に研究さ
れてきた
.しかし、幾何学的理論と応用解析学的研究には明確なギャップが存在す
る.幾何学
的理論におけるひとつの優位性は解の多価性を許容することにより微分方程
式を部分
多様体論として記述し、解の存在や一意性の導出を容易にすることである.
しかし、
現実への応用を重視する応用解析学においては、解が一価であることを要請
する場合
が多い.そのために、解の微分可能性と言う重要な性質も捨て去るのであ
る.
ここでは、一階の偏微分方程式のなかで、ハミルトン・ヤコビ方程式につい
て、特性
曲線の方法(幾何学的理論)で解かれて得られる多価解(ルジャンドル解)
と198
3年ごろにクランダールとリオンスによって導入された粘性解との関係につ
いて述べ
る.ハミルトン・ヤコビ方程式にたいして初期条件が滑らかなコーシー問題
を特性曲
線の方法で解くと、十分短い時間のうちはその独立変数に関するヤコビ行列
が退化し
ないので滑らかな逆関数を求める事ができてそれにより滑らかな一価解(古
典解)が
構成できることは、偏微分方程式の入門書には良く書かれている事実であ
る.しかし
、そのヤコビ方程式が退化した場合については、ほとんど記述が無い.それ
以降は、
全く別の方法により弱解の存在や一意性を示しているのが応用解析的立場で
あり、ま
た一価性を捨て去り、特性曲線のばせるだけのばして解を部分多様体として
捉えるの
が幾何学的立場である.さて、ヤコビ行列が退化する点はいわゆる可微分写
像として
の特異点である.したがって、そのような点の回りでの解の振る舞いを研究
すること
は、特異点論の範疇に属する.
ここでは、特性曲線の方法で解かれた多価解がルジャンドル開折と言うある
種のルジ
ャンドル部分多様体のクラスに属すること、そしてその特異点の分類が与え
られるこ
とを解説する.その後、そこからどのようにして一価な粘性解を構成するか
について
解説する.特に、ハミルトン関数が凸(または、凹)の場合は多価解のある
連続な分
枝を選んで構成できるが、ハミルトン関数が変曲点を持つ場合は新たに特性
曲線を構
成しなおす必要があることを解説する.また、この凸(または、凹)の場合
の理論の
応用として、多価解を逆に粘性解から数値解析的に構成する試みについて述
べる.こ
の方法は、従来の特性曲線の方法を直接適用するよりずっと安価な計算で可
能なこと
が期待されている.
微分幾何学への応用 泉屋 周一(北大・理)
特異点論を微分幾何学へ応用する試みは1970年代のThomによるCut locusの研
究に遡
る.しかし、変分問題などを考えればそれは数学上の自然な流れであり、
Thomが特異
点論と言う立場から再定式化したものである.この事に関連して、それ以前
より、モ
ース理論等のいちじるしい成果があるが、Thomの考えば単独のジェネリック
な関数の
特異点を考える(モース理論などはそうです)のではなく関数族に付随した
判別集合
や分岐集合の特異点を通して、幾何学的不変量を研究する事にあり、それは
とりもな
おさず「初等カタストロフィー」の考えである.
実際、Thomはユークリッド空間内の部分多様体上の距離2乗関数や高さ関
数を考え
ることにより、その部分多様体の古典的不変量が研究できることを示唆し
た.この考
えを具体的に実行したのはPorteousでありその後の発展は彼の著書のなかに
見られる
.これらの関数を考える事は微分幾何学的にも自然なことであり、モース関
数も具体
的にはこれらの関数で与えられているし、これらの関数を使うことにより、
tight(taut)はめ込みの研究などが行われている.
一方、Thomの考えはユークリッド空間内の部分多様体以外にも適用可能な
ことは容
易に想像がつく.しかし、各種の幾何学に対する、この立場からの研究は近
年までま
ったく適用された例は見あたらない.ここでは、アファイン微分幾何学や
ローレンツ
微分幾何学、双曲幾何学などへの特異点論を応用することにより、得られる
様々な幾
何学的不変量とその幾何学的意味について解説する.
また、偏微分方程式の解として現れる曲面の特異点と微分幾何学的性質の関
係に関す
る研究の紹介も行いたい.
「応用特異点論」の基礎
石川 剛郎(北大・理)
いろいろな分野で,
古典的にあいまいに扱われてきたこと,
難しすぎてとても手に負えなかった問題などが,
写像の特異点を調べる組織的方法によって,
いま解かれつつあります.
横断性,安定性,確定性,普遍性といった,
特異点論において標準化された処方箋が,われわれを
解決へと導いてくれるのです.
哲学不在の現代,いかに現象を認識するか,
その根源的視座のひとつとして,特異点論は発展を続けています.
微分位相幾何学への応用 佐伯 修 (広島大・理)
本講演では、微分可能写像の特異点論の微分位相幾何学への
応用(のほんの一部)について、最近の結果を中心に
いくつか述べたいと思う。
参考文献
佐伯修,微分位相幾何と特異点,数理科学, 1998年6月号, 43-49.