「離散」の世界 -可換から非可換へ-
概要
今回の主題は,頂点を辺で結んで得られる図形であるグラフと,高々可算な濃度を
持つ群(離散群)などの,「繋がり構造」を持つ「離散の世界」である.
この一見容易に見えながら未知の事柄の多い世界を,「離散幾何解析」と
「幾何学的群論」の観点から,可換な対象から非可換な対象へ移行しつつ眺める
ことを目標とする.
たかがアーベル,されどアーベル : 砂田利一 (東北大・理)
有限グラフX0の正則被覆グラフXを「種」にして,可換な世界から非可換な世界への「旅行」を楽しみたい.被覆変換群
が自由アーベル群の場合は,Xは結晶格子であり,X0がブーケグラフの場合は,Xは
のケーリー・グラフである.一般に,アーベル群
に対して,完全系列
が存在するが,この中に,「磁場」の概念,結晶格子上の乱歩に対する中心極限定理,大偏差原理などが「隠れている」.詳しい内容は小谷元子氏の講演で扱われることになるが,本講演では,この完全系列を基礎にして,「離散幾何解析」の話を進めたい,
結晶格子上のランダム・ウォ−クと結晶格子の幾何 : 小谷元子 (東北大・理)
離散群の中でもっとも扱いやすい
が作用している無限グ
ラフで,特にその商空間が有限グラフとなるものを結晶格子という.
格子,三角格子,六角格子など物理的にも重要な例となっている
ものが多い.
結晶格子上のランダム・ウォークの時間無限大での漸近挙動と結晶格子
の幾何的な性質の係わりを中心に話をする.
格子上のランダム・
ウォークの基本的な極限定理に中心極限定理と大偏差原理があるが,
結晶格子への拡張を通じて,これらの定理の幾何的な意味を考えて
みたい.
中心極限定理を通して見えてくるのは,結晶格子のもっとも対称性の高い形で
(つまり結晶格子からユークリッド空間への周期的な写像の中での最小
エネルギー写像として)の実現である.また大偏差原理を通して見えてくるのは,
結晶格子を距離空間と見て,その無限遠での漸近錘(スケールをゼロに
近づけたときのグロモフ・ハウスドルフ極限)である.
グラフ上のランダム・ウォークの一般論に関するテキスト
W.Woess:Random Walks on infinite graphs and groups, Cambridge Univ.
Press, 2000
漸近錘に関しては:
M.Gromov: Asymptotic invariants of infinite groups, London Math.Soc.
L.N.182
幾何学的群論の話 : 藤原耕二 (東北大・理)
無限離散群への幾何学的なアプローチの成功例として、次のような話題(予定)
を紹介したい。このような数学は最近「幾何学的群論」と呼ばれている。
- 1.
- Dehnによる曲面群の「語の問題」の解決(1911年頃)。組み合わせ群論に
幾何学的なアイディアが使われる様子を、Small Cancellation Theoryの紹介を
含めて話したい。[LS],[GHV].
- 2.
- Gromovによる双曲群(1986年頃)。双曲幾何学における双曲性の類似を
Gromovが離散群上で定式化した。これが幾何学的群論の端緒である。[G],[GHV].
- 3.
- R-treeの話(80年代〜)。Gromov-Hausdorff収束の離散群論への顕著な応用とし
て
R-treeの話しをしたい。離散群に関するある種のモジュライを記述する時、R-treeは
自然な道具の一つである。
[G] M.Gromov, Hyperbolic groups. "Essays in group theory", 75-263,MSRI Publ. 8, Springer, 1987.
[LS] R.Lyndon, P.Schupp, "Combinatorial group theory". Springer, 1977.
[GHV] "Group theory from a geometrical viewpoint", edited by E.Ghys,
A.Haefliger, A.Verjovsky, World Sci. Publ., 1991.
ユニタリ表現から見た非可換性 - Kazhdanの性質(T) : 井関裕泰 (東北大・理)
群の性質は様々な観点から調べることができるわけですが,
その群のユニタリ表現から群の性質を眺めてみることにしましょう.
このとき, アーベル群の対極に位置するのが, Kazhdanの性質(T)を
持つ群です. ここに定義を書くのは控えますが, 定義を見れば
アーベル群の持つ性質とは正反対の性質だということはすぐにお分
かり頂けますし, 定義から直ちに
「Kazhdanの性質(T)を持つ群は,
および
への非自明
な表現(準同型)を持たない」ということがわかります.
それだけではなく, このKazhdanの性質(T)を持つ群にはある種の剛
性がある -- あえて幼稚かつ不正確な言い方をすると, あまり多く
の表現がない --という傾向があります.
例えば, Kazhdanの性質(T)を持つ群の典型的な例として階数が2以
上の非コンパクト型半単純Lie群の格子を挙げることができますが, これ
らの群に対しては「Margulisの超剛性」と呼ばれる剛性定理が成立し
ます.
実は, この場合のKazhdanの性質(T)と超剛性の関係は, 微分幾何
でよく使われるBochner techniqueを通すことによってはっきりと
見えてくるのです. あくまで技術的なレベルで関係が見えるのであって,
コンセプチュアルなレベルでの理解を与えてくれるわけではないのです
が.
今回の「可換から非可換へ」というサブタイトルを聞いて, 最近
自分自身の研究と関わり始めたKazhdanの性質(T) -- 一種の非可換性 --
をテーマに選んで, こんな話をしてみようと思っています. 関わり始めたば
かりですし, 私自身はユニタリ表現の専門家でもないので, このようなテー
マで講演をするのはいささか気が引けるのですが,
こういう話もあるんだな, という軽い調子で聞いて頂ければ幸いです.
最後に, Kazhdanの性質(T)について書かれた読み易い解説として,
P. de la Harpe and A. Valette, La propriete (T) de Kazhdan
pour les groupes localement compacts, Asterisque 175
を挙げておきます.