2002年6月7日 (金) (14:30~18:00) ~ 6月8日 (土) (10:30~17:00)
於 : 中央大学 理工学部 : 東京都 文京区 春日1--13--27
6月7日(金)
14:30~15:50
複素力学系I --ジュリア集合とは-- : 宍倉光広氏 (京大・理)
16:30~18:00
クライン群のタイヒミュラー空間 : 松崎克彦氏 (お茶大・理)
6月8日(土)
10:30~12:00
複素力学系II --サリバンの非遊走定理と擬等角写像-- :
宍倉光広氏 (京大・理)
14:00~15:30
実2次関数の力学系 : 辻井正人 (北大・理)
15:50~17:00
複素力学系III --2次多項式とその周辺-- : 宍倉光広氏 (京大・理)
17:10~ 懇親会(ワイン・パーティー)
連絡先 : 112-8551 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室
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三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp
概要
複素力学系 |
-ジュリア集合とは- |
- サリバンの非遊走定理と擬等角写像- | |
-2次多項式とその周辺- |
: 宍倉 光広(京都大学大学院理学研究科)
複素力学系とは、1次元または高次元の複素多様体の上で定義された複素解析的な力 学系を意味する。ここでは特に、Riemann球面上の有理関数の反復合成(iteration) について考える。興味の対象は、反復合成によって定義される軌道の様子や不変集合 の構造、そして,パラメータを変化させたときのこれらの変化の様子、さらには有理 関数全体の空間の力学系的性質による分類などである。複素力学系の研究は1910年代 にFatouやJulia等により始められたが、やがて下火になり、その後SiegelやBaker等 の散発的結果はあったが、あまり注目を集める分野ではなかった。しかし、1980年代 初頭から再び注目を集めるようになってきた。その理由の一つには、コンピュータの 発展により「カオス」的な力学系や「フラクタル」集合が目に見える対象として提示 され、それらの複雑さ、多様性、おもしろさ、さらには美しさが身近になってきたと いうことがあげられる。もう一方の理由としては、擬等角写像やTeichmuller空間 論などの重要な道具が整備され、画期的な結果が数多く得られたということである。 この講演では、3回に分けて、複素力学系の諸性質の概観と、いくつかの中心的課題 について述べていきたい。
をRiemann球面とし,
を次数が2以上の有理関数とする。
f の n 回合成を fn で表す。f のFatou集合 Ff を
複素力学系の最も簡単な例は2次多項式である。コンピュータによる数値実験では、 2次多項式に限っただけでも、非常に多様な形と豊富な分岐現象が起こりうることが わかる。2次多項式に関する精力的な研究を始めたのはDouadyとHubbardであった。 external ray, external angleを導入し、ポテンシャル論と組み合わせて、多項式の Julia集合を位相的、組み合わせ的に記述をすることが出来るようになった。 Mandelbrot集合は、2次多項式のパラメータ空間内で定義され、分岐を記述する集合 であるが、DouadyとHubbardはこの集合の組み合わせ的記述に成功している。 2次多項式に限っても、双曲型系の稠密性問題、局所連結性の問題、くりこみの問題 など、興味深い問題が関わってくる。例えば、実2次多項式族のエントロピーの単調 性問題などは、問題を複素化してはじめて解決された。(辻井氏の講演を参照。)時 間の許す限りこれらの問題についても解説したい。
参考文献
クライン群のタイヒミュラー空間 : 松崎克彦 (お茶の水女子大・理)
クライン群とは,リーマン球面の双正則自己同相写像(メビウス変換)からなる 離散群のことである.1900 年前後,Klein は Fricke とともにクライン群の力学系の研究を始め, 軌道の集積点集合である極限集合に注目した. 極限集合は,その後の Julia や Fatou による有理写像の反復合成の力学系の理論では Julia 集合(作用がカオス的である集合)に相当するものであり, 当時からこの2つの複素力学系の類似についての認識はあったと思われる. 有理写像に比べてクライン群が理解しやすい点は, 対応する幾何学的対象が自然に存在するところである. メビウス変換は上半空間に拡張し,双曲計量に関する等距離変換として作用する. 従って,その商空間としてあらわれる完備3次元双曲多様体が クライン群作用の幾何学化である.この視点は Poincare に源を発し, 現代では Thurston の3次元双曲多様体論となっている.
リーマン面のモジュライ問題がタイヒミュラー空間の理論として発展した過程におい て,擬等角写像の果たした役割は極めて大きい. リーマン面の変形空間として素朴に考えられる基本群のホロノミー表現空間に比べて, より内在的なパラメーター空間がこれにより与えられることになった. この方法はクライン群の変形理論にも摘要され, 完備3次元双曲多様体の無限遠に位置するリーマン面, それはクライン群の作用が安定的である領域(極限集合の補集合で不連続領域や Fatou 集合とも呼ばれる)の幾何学化であるが, そのタイヒミュラー空間がクライン群の不連続領域上での擬等角変形空間となる. 自然な流れとして, 基本群のホロノミー表現空間の次元とタイヒミュラー空間の次元の比較により, 有限生成クライン群の不連続領域上での作用の幾何学的な有限性が帰結される. 1960 年代の Ahlfors の有限性定理は, こうしてクライン群のタイヒミュラー空間論のひとつの成果を示したのであるが, 実はそれが, 有理写像とクライン群の複素力学系の相互関連の研究の新たな出発点となったのであ る. Sullivan は有理写像の力学系に擬等角変形の理論を導入し, Ahlfors 有限性定理と同様な原理で Julia,Fatou の時代からの未解決問題であった遊走領域の非存在に証明を与えた. さらに有理写像の複素力学系の種々の概念, 指数,定理がクライン群の場合の何に対応するかをみることにより, より幾何学的視点からの有理写像の力学系の考察を提案している(Sullivan の辞書).
この講演では,クライン群,擬等角写像,タイヒミュラー空間の基本的な説明ののち,
上記の Ahlfors 有限性定理からはじめて,
Sullivan の辞書のクライン群側の項目についての解説をする.
とくに有限性定理では扱われていない極限集合上での擬等角変形について,
Mostow 剛性と構造安定性との関連について取り上げる.
3次元閉双曲多様体の双曲構造が位相的同値類によってのみ決定されるというのが
Mostow 剛性のひとつの定式化ではあるが,その本質的部分は,
クライン群が極限集合上で擬等角変形を許容しないことを示すことにある.
可測リーマン写像定理によれば,これは群作用で不変な可測ベクトル場の非存在と同
値である.
Sullivan はクライン群の作用がある種のエルゴード性をもつとき,
不変可測ベクトル場の非存在を証明し,
とくに Ahlfors 有限性定理と同様の議論から,
有限生成クライン群は極限集合上で擬等角変形をもたないことを示し,
Mostow 剛性定理の拡張を与えた.さらにこの結果を用いて,
クライン群が摂動によりその代数構造が変わらないという構造安定性が,
力学系の双曲性と同値であることも証明した.
有理関数の力学系の理論との好対照がここにあらわれる.
ジュリア集合上で不変可測ベクトル場の非存在を証明することは,
有理関数の理論の中心となる未解決の問題である.
一方,構造安定性をもつ系が変形空間のなかで稠密に存在することは,
有理関数に対しては示されているが,クライン群論では未解決である.
講演の最後では,双曲多様体の ending lamination 予想とタイヒミュラー空間の境
界に関する
Bers-Thurston 予想について述べ,この未解決問題の最近の進展についても触れる予
定である.
Last Modified : Jun 01, 2002 : 07:02