ENCOUNTER with MATHEMATICS ----- 数学との遭遇


第31回 スペクトル・散乱理論 -- 基本解への問いかけから学ぶ数理物理 --





2004年10月1日(金)(14:30〜18:00) 10月2日(土)(10:30〜17:00)

於 : 中央大学 理工学部 : 東京都 文京区 春日 1 - 13 - 27




10月1日(金)

14:30〜15:00 講演会の趣旨について : 池部 晃生


15:00〜16:00 定数磁場中の Aharonov-Bohm 効果について : 峯 拓矢 (京大・理)


16:30〜18:00 {Regularity and decay estimates for Schr\"odinger equations : 谷島 賢二 (学習院大・理)


10月2日(土)

10:30〜12:00 非線形波動方程式に対する散乱作用素の1つの構成法 : 久保 英夫 (阪大・理)


13:30〜14:30 Dirac 作用素のスペクトルについて : 山田 修宣 (立命館大・理工)


15:00〜15:50 指数積公式の話題I --ノルム収束-- : 田村 英男 (岡山大・理)


16:10〜17:00 指数積公式の話題II -- Schr\"odinger半群の積分核近似-- : 田村 英男 (岡山大・理)


17:15〜 懇親会(ワイン・パーティー)





別紙の趣旨に沿った集会の第31回を以上のような予定で開催いたします。 非専門家向けに入門的な講演をお願い致しました。 多く方々の御参加をお待ちしております。 講演者による講演内容へのご案内を添付いたしますので御覧下さい。

連絡先 : 112-8551 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室 tel : 03-3817-1745
ENCOUNTER with MATHEMATICS : e-mail : encmath@math.chuo-u.ac.jp
homepage : http://www.math.chuo-u.ac.jp/ENCwMATH
三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp




スペクトル・散乱理論 -- 基本解への問いかけから学ぶ数理物理 --



概要



講演会の趣旨について : 池部 晃生

スペクトル理論とは,本来の意味からすれば, 線形作用素の理論と殆んど同義であろうが, ここで採り上げられるのは数理物理に現れるより 具体的な作用素の研究と考えてよいであろう. 散乱理論の方はもともと時間を含んだ方程式の解の 漸近挙動を研究するものである. 手法としては,しかし,(時間を含まない) 定常的なものもある. 散乱問題の多くは線形であるが, その摂動と見られる非線形のものも登場する. また散乱問題はそこに現れる作用素のスペクトル構造 と密接に関連する. これらの問題の解析には関数解析と微分方程式の理論が 動員されるが,その様相はこれからの講演によって明きらか にされるであろう.



定数磁場中の Aharonov-Bohm 効果について : 峯 拓矢 (京都大・理)

平面にいくつかの`穴'が空いた領域において, 0 磁場を与えるベクトル・ポテンシャルが 観測可能な非自明量子効果を生み出す ─1959年に Y. Aharonov, D. Bohm [1] が提唱したこの量子効果 (以下, AB効果) は, `「物理」を定めるのは「磁場」であり, 「ベクトル・ポテンシャル」は 便宜上のものに過ぎない' という当時の常識を覆すものであり, 物理学界に激しい論争を巻き起こした. AB効果は 1986年に外村彰ら[2]による電子線ホログラフィーを用いた 精密な実験によって実証されたが, 今もなお疑念を呈する一派もある[3].

数学的には, AB 効果は 散乱理論における散乱振幅の変化を 計算することによって確かめられる. 特に平面における穴が一点の場合, この問題は無限に細い電気的に遮蔽されたソレノイドの 影響下での電子の運動を調べることに相当するが, この場合には対応する Schrodinger 方程式を 極座標を用いて解くことが可能であり, 精密な計算結果が得られている[4]. さらにソレノイドが複数の場合を取り扱うことの 重要性は南部陽一郎[5]によって指摘され, 数学的に厳密な結果は伊藤宏, 田村英男[6],[7] によって得られている.

南部陽一郎は[5]において, ソレノイドが複数の場合の Schrodinger 方程式の解を計算 するために, 平面に垂直な定数磁場 B を加えて $B\rightarrow 0$ の極限を取る, という方法を試みている. この定数磁場を加えた Schrodinger 作用素のスペクトルに は `シフトされたランダウ準位' という形でAB 効果が表れるため, この作用素自身も興味深い研究対象である. この`シフトされたランダウ準位' は ソレノイドが1本の場合は [5] および P. Exner, P. St'ovicek, P. Vytras [8] によって計算されたが, ソレノイドが2本以上の場合には具体的な計算によって 求める事は困難であった.

本講演では, ソレノイドが2本以上のときの定数磁場中の Schrodinger 作用素のスペクトル, 特に`シフトされたランダウ準位'について 現在までに得られた結果を紹介し, その物理的な解釈を行う. 結果の証明において中心的な役割を果たすのは, 生成作用素と消滅作用素の満たす正準交換関係である. ソレノイドが無い場合の定数磁場中の Schrodinger 作用素 に おいては, 正準交換関係がスペクトルを完全に決定することが 知られている. ソレノイドがある場合, 形式的には 正準交換関係の中に $\delta$ 関数による摂動項が現れる. この摂動項の意味を `作用素の境界条件の差' として捉えることにより, 簡単な議論で`シフトされたランダウ準位'の個数を評価できる ようになる.

Aharonov-Bohm 効果については多くの解説書が出版されている が, 初学者向けに書かれた本として [9], [10], [11] を挙げてお く. 外村彰氏による電子線ホログラフィーの解説が, インターネット上の日本物理学会の五十周年記念記事

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/jps/butsuri/50th/

にあるのでそちらも参照されたい.

参考文献

1
Aharonov, Y.; Bohm, D.; Significance of electromagnetic potentials in the quantum theory, Phys. Rev. 115 (1959) 485-491.

2
Tonomura, A.; Osakabe, N.; Matsuda, T.; Kawasaki, T.; Endo, J.; Yano, S.; Yamada , H.; Evidence for Aharonov-Bohm effect with magnetic field completely shielded from electron wave, Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 792-795.

3
Boyer, Timothy H.; Does the Aharonov-Bohm effect exist? Found. Phys. 30 (2000), no. 6, 893-905.

4
Ruijsenaars, S. N. M.; The Aharonov-Bohm effect and scattering theory, Ann. Physics 146 (1983), no. 1, 1-34.

5
Nambu, Yoichiro; The Aharonov-Bohm problem revisited, Nuclear Phys. B 579 (2000), no. 3, 590-616.

6
Ito, Hiroshi T.; Tamura, Hideo; Scattering by magnetic fields at large separation, Publ. Res. Inst. Math. Sci. 37 (2001), no. 4, 531-578.

7
Ito, Hiroshi T.; Tamura, Hideo; Aharonov-Bohm effect in scattering by a chain of point-like magnetic fields, Asymptot. Anal. 34 (2003), no. 3-4, 199-240.

8
Exner, P.; St'ovicek, P.; Vytras , P.;

Generalized boundary conditions for the Aharonov-Bohm effect combined with a homogeneous magnetic field, J. Math. Phys. 43 (2002), no. 5, 2151-2168.

9
安藤恒也編; 量子効果と磁場, 丸善, 1995.

10
小野嘉之; 量子力学的"オームの法則", 丸善, 2002.

11
矢吹治一; 量子論における位相, 日本評論社, 1998.





Regularity and decay estimates for Schrodinger equations : 谷島 賢二 (学習院大・理)

時間依存型のシュレーディンガー方程式の 初期値問題の解の正則性と 解の時間無限大での減衰問題について解説する.



非線形波動方程式に対する散乱作用素の一つの構成法 : 久保 英夫 (大阪大学大学院理学研究科)

本講演では波動方程式に対して散乱理論を展開する 手続きの一例をご紹介いたします。 ここでは、u(t,x) に対する微分方程式

 \begin{displaymath}
(\partial_t^2-\Delta)u=0,
\quad (t,x)\in \mathbb{R}\times \mathbb{R} ^n
\end{displaymath} (1)

を波動方程式と呼ぶことにします。 ただし、 $\partial_t=\partial/\partial t$, $\Delta=\sum_{j=1}^n \partial^2/\partial x_j^2$ です。 波動方程式の解は、例えば、均質な媒質中を伝わる音波の ポテンシャルを表す関数であることが知られています。 あるいは、(
1) の左辺は相対論に従う素粒子の運動を 記述する非線形波 動方程式

 \begin{displaymath}
(\partial_t^2-\Delta)u=\vert u\vert^{p-1}u,
\quad (t,x)\in {\mathbb R} \times {\mathbb R}^n \quad
(p>1)
\end{displaymath} (2)

の線形部分でもあります。 逆に言うと、(2) は (1) に非線形項 |u|p-1u による 摂動を加えた方程式と見ることもできます。 まず、(2) の解が ${\mathbb R} \times {\mathbb R}^n$ で定義される とします。 つまり、指数 p に何らかの制限を課し、(2) の大 域解の存在を保証 します。 このとき、 $t \to +\infty$ および $t \to -\infty$ での漸 近形が何かあるは ずです。 (2) の非線形項 |u|p-1u による摂動が時間に関 して短距離的であ るならば、 その漸近形が (1) の解になっていると考えるのは自然 でしょう。 事実、n=2 および n=3 のとき、(2) の十分小さ い解のみを考える 限り、 その解が ${\mathbb R} \times {\mathbb R}^n$ 全体で定義さ れるならば、 同時に $t \to \pm\infty$ において、エネルギー・ノルムの 意味で (1) の解に漸近することが知られています。 このとき、(2) の解はその非線形項から自由になると いう意味で 漸近自由と呼び、(1) の解を自由解と呼ぶことにしま す。

このような状況の下であれば、(2) の解の無限の過去 における挙動と 無限の未来における挙動を比較することができます。すなわち 、この対応によっ て 散乱作用素が定義されます。 具体的には、 $t \to -\infty$ において十分小さい自由解 u-(t,x) に 漸近するような (2) の解 u(t,x) を ${\mathbb R} \times {\mathbb R}^n$ 上で 構成し、さらにそれがある自由解 u+(t,x) に $t \to +\infty$ のとき漸近 する ことを示すのです。 自由解 $u_\pm(t,x)$ はその初期データ $(u_\pm(0,x),\partial_t u_\pm(0,x))
$ により 完全に決定されるので、

 \begin{displaymath}
S:~(u_-(0,x),\partial_t u_-(0,x)) \longmapsto
(u_+(0,x),\partial_t u_+(0,x))
\end{displaymath} (3)

が所要の散乱作用素となります。 この主張は、解の詳細な減衰評価を導くことにより、n=3 の とき [2], また n=2 の とき [1] により実現されました。

当日は、これらの結果の証明の核をなす

の三点に絞ってお話する予定です。

また、時間があれば、漸近自由とはならない非線形波動方程式 系の例も取り上げ たいと思っています。



遠方で発散するポテンシャルを持つ Dirac 作用素のスペクトルについて : 山田 修宣 (立命館大・理工)

相対論的量子力学を考えるために Dirac によって提起された Dirac 作用素のス ペク トル理論は、いくつかの点で Schrodinger 作用素の場合 とは異なる。もちろ ん、 Dirac 作用素のスペクトルの研究では、Schrodinger 作用 素の研究で得られ た手 法が多くの所で役立つことは言うまでもない。

Dirac 作用素は1階の偏微分作用素であり、時間に依存した Dirac 方程式は対称 双曲 系で解は有限伝播性を持つ。Dirac 作用素の自己共役性を考え る場合、1階編微 分作 用素であるがためポテンシャルの局所特異性に弱く、 Coulomb ポテンシャルの取 り扱 いに困難性が伴う (Schmincke [4]). それに対して遠方では、 有限伝播性の影響 で、 ポテンシャルの増大度の条件は不要である(Chernoff [2]).

Schrodinger 作用素のスペクトルは下から有界になること が多いが、Dirac 作用 素のスペクトルは、一般に上にも下にも非有界になる。

ポテンシャル V(x)が遠方で正の無限大に発散するとき、Schrodinger 作 用素 の場合、スペクトルは多重度有限の離散固有値(離散スペクト ル)からなるが、 Dirac 作用素の場合、連続スペクトルからなる。この現象は、 光速を無限大に近 づけ る非相対論的極限で説明する方法がいくつかあるので紹介した い (Titchmarsh [7], Thaller [6], Amour-Brummelhuis-Nourrigat [1]).

Dirac 作用素の質量項を関数 m(x) にして m(x) も遠方で 無限大に発散する 場 合、V(x) が m(x) に対して大きいときはスペクトルは連 続になるが (Kalf-Okaji-Yamada [3]), m(x) が V(x) に対して 大きいときは離散 スペ クトルからなる (Yamada [8]). この辺の事情も説明したい。

V(x), m(x) が球対称の場合、変数分離法によって Dirac 方程式を1次元化 する と2行2列の1階常微分方程式系 (Dirac 系) になる。V の 増大度が m より 大き い場合、最近のいわゆる Gilbert-Pearson 理論を用いて、ス ペクトルは絶対連 続で あることが証明できる (Schmidt-Yamada [5]). この我々の証 明とこの分野の最 近の 発展を紹介したいと思う。

文献
[1] Amour, L., Brummelhuis, R. and Nourrigat, Resonances of the Dirac Hamiltonian in the non relativistic limit, Ann. Henri Poincare, 2 (2001), 583-603.

[2] Chernoff, P.R., Schrodinger and Dirac operators with singular potentials and hyperbolic equations, Pacific J. Math., 72 (1977), 361-382.

[3] Kalf, H., Okaji, T. and Yamada, O., Absence of eigenvalues of Dirac operators with potentials diverging at infinity, 259 (2003), 19-41.

[4] Schmincke, U-W., Essential selfadjointness of Dirac operators with a strongly singular potential, Math. Z., 126 (1972), 71-81.

[5] Schmidt, K. M. and Yamada, O., Spherically symmetirc Dirac operators with variable mass and potentials infinite at infinity, Publ. RIMS, Kyoto Univ., 34 (1998), 211-227.

[6] Thaller, B., The Dirac equation, Springer, Berlin, 1992.

[7] Titchmarsh, E. C., A problem in relativistic quantum mechanics, Proc. London Math. Soc. (3), 11 (1961), 169-192.

[8] Yamada, O., On the spectrum of Dirac operators with the unbounded potential at infinity, Hokkaido Math. J., 26 (1997), 439-449.



指数積公式の話題から(ノルム収束、Schrodinger半群の積分核近似) : 田村 英男(岡山大・理)

ヒルベルト空間 X 上の自己共役作用素 AB (一般に非有界)の和 C = A + B によって生成される半群 $\exp(-tC),~t \geq 0$, が指数積

\begin{displaymat
h}\exp(-tC) = s-\lim_{N \to \infty} \Bigl(\exp(-\tau B)\exp(
-\tau A)\Bigr)^N, \quad \tau= t/N, \end{displaymath}

によって強収束近似できることは Trotter- Kato 公式として知られている。

講演の前半では、この指数積公式が適当な条件(例えば、C ${\cal D}(A)\cap{\cal D}(B)$ を定義域として自己共役で ある)の下でノルム収束することおよびその誤差評価について講じ る。

後半では、ノルム収束の応用として、Schrodinger 作用素

\begin{displaymat
h}H = H_0 + V, \quad H_0 = -\Delta, \quad V(x) \geq 0, \end{
displaymath}

によって生成 される半群 $\exp(-tH)$ の積分核に対する指数 積公式による近似とその誤差評価について講じる。とくに、ポテン シャル V(x) を

\begin{displaymat
h}V(x) = 0 \hspace{2.8pt}\hspace{2.8pt}(x \in \Omega), \quad
V(x) = \infty \hspace{2.8pt}\hspace{2.8pt}(x \not\in \Omega)
\end{displaymath}

ようにと れば、形式的ではあるが、H を領域 $\Omega$
上の Dirichlet Laplacian

\begin{displaymat
h}H_D = -\Delta, \quad {\cal D}(H_D) = H^2(\Omega)\cap H_0^1(
\Omega), \end{displaymath}

とみなすことができる。このとき、$\exp(-tV)$ は集合 $\Omega$ の特性関数 $\chi_{\Omega}$ に等しく、 半群 $\exp(-tH_D)
$ に対する指数積は

\begin{
displaymath}\exp(-tH_D) \sim \Bigl(\chi_{\Omega}\exp(-\tau H_
0)\chi_{\Omega}\Bigr)^N, \quad \tau= t/N, \end{displaymath}

の形をとる。また、その積分 核 ED(< I>x
,y;t) の近似式として

\begin{
displaymath}E_D(x,y;t) \sim \int_{\Omega}\cdots\int_{\Omega}
E_0(x,z_1;... ...u)\,dz_1\cdots dz_{N-1}, \quad (x,y) \in \Omega\
times\Omega, \end{displaymath}

を得る。ただし、 $E_0(x,y;\tau)
$ $\exp(
-\tau H_0)$ の積分核を表す。この近似表現式の収束について得 られた結果を紹介する。

さらに、t > 0 を it に置き換えた指数積< BR>

\begin{
displaymath}\exp(-itH_D) \sim \Bigl(\chi_{\Omega}\exp(-i\tau
H_0)\chi_{\Omega}\Bigr)^N \end{displaymath}

を考える。この積公式は、Zeno 積公式と呼ばれ、 量子系の観察に関わる問題(Zeno 量子効果)に現れる。時間が許 せば、Zeno 積公式の強収束問題についても言及したい。




Last Modified : Aug 07, 2004 : 09:15