流体力学の父としてのオイラー
岡本 久 (京大・数理研)
オイラーが現れるまで、流体力学は理論的なものではなかった。ニュートンによって力学が創始されてすべてが微分方程式に帰着されるようになった、というのは幻想でしかない。ニュートンのアイデアは質点系の力学では大成功をおさめたけれども、彼は流体の数学的な記述には成功しなかった。連続体の力学はオイラーによって開拓されたものである。このあたりの歴史的な背景を様々な文献を使って説明したい。オイラーに先行する研究者としてはD. ベルヌーイとダランベールをあげねばならないが、これらの研究とオイラーがどれほど違うものなのかを知ることによってオイラーの独創性を理解する、という方針でのぞみたい。
参考文献
[1] C. Truesdell, Rational Fluid Mechanics, 1687-1765, the forward to Euler's Opera Omnia, Series II, vol. XII.
[2] C. Truesdell, Notes on history of the general equations of hydrodynamics, Amer. Math. Monthly, vol. 60 (1953), 445-458.
[3] 山本義隆, 古典力学の形成 ニュートンからラグランジュへ, 日本評論社 (1997).
オイラー方程式の解の構造
岡本 久 (京大・数理研)
オイラー方程式は粘性を無視しているという点では物理現象を記述するのに不十分である。しかし、ある種の現象(たとえば水面波など)ではオイラー方程式はよい近似解を与える。したがって、オイラー方程式の解の構造を知ることは数学的な興味だけではなく、工学的応用にも重要である。水面波の分岐の話と渦度方程式の解の特異点(擬特異点)について最近の話題を提供したい。理論的な話に加え、数値計算法についてもその困難さを説明したい。
[1] A.J. Majda, A. L. Bertozzi, Vorticity and Incompressible Flow, Cambridge Univ. Press (2001).
[2] H. Okamoto, M. Shoji, The Mathematical Theory of Bifurcation of Permanent Progressive Water-Waves, World Scientific (2001).
岡本 久
京都大学数理解析研究所
okamotoATkurims.kyoto-u.ac.jp
流体の特異性について
木村 芳文(名大・多元数理)
流体のEuler方程式(或は非粘性極限のNavier-Stokes方
程式)がどのような特異性を有するのかという問いは数学的な興味に留
まらず、現実的な世界においても重要な問題意識を提起していると考え
られる。例えば、特異性を解析性の低減と捉えるならば、それは数値解
析の有効性や精度と密接に関係するであろうし、また流体方程式の特異
性が乱流などの複雑流体における統計性に大きく絡んでいることも予想
される。
本講演は流体方程式の特異性について数値解析の立場から考察を行な
うことを目的とする。スーパーコンピューターの発達に伴い、
1980年代から流体方程式の特異性の数値解析が盛んになってきたが、初
期にはTaylor-Green 渦のような非常に滑らかで解析性の高い初
期条件から出発しても有限時間で時間特異点が出現することが期待され
ていたように思われる。このようなある意味では楽観的な見方に替わ
り、現在では「もし特異性が観測されるとしても、それを生じる特殊な
初期条件を見つけることが必要である」という考え方が主流であるよう
に感じられる。ここではそういった特殊な初期条件の候補として、「渦
の衝突」の問題を考えてみたいと思う。
変分的双対性と非線形科学 - オイラー生誕300年に寄せて
流体の基礎方程式であるオイラーの運動方程式と, 変分問題で現れるオイラー・ラグランジュ方程式の二つがオイラー方程式と呼ばれている. 本講演は主に後者と関係するが, 前者にも変分構造が潜んでいる.
[変分原理の確立とオイラー方程式] ジョルダン領域の境界の長さとその面積に関する等周不等式は最も古い変分問題であり, 異なる媒質を通過する光線の屈折に関するフェルマーの原理がそれに次ぐ. オイラーの時代には, 物体形状の最適設計問題の解決や, 物理的実在の実現に関する最小作用原理の確立に絡んで様々な変分問題が認識されるようになっていた. オイラーは変分問題の解がみたすべき方程式(オイラーまたはオイラー・ラグランジュ方程式)を導出し, それを解析的に解いて陽に表示するという汎用性の高い方法により, これらの変分問題を次々と「解決」していった. これらの仕事は, 現象を支配する原理を変分問題として定式化する「変分原理」の確立に数学的な根拠を与え, その後の科学・工学の進展に重大な影響をおよぼした. この原理は今でも物理学・化学・生物学などの基礎科学はもとより, 工学・医学などの応用科学などにおいても重要な基盤であり続けている. ここでは, 変分原理の離散化としての有限要素法が, 現代社会を支える科学技術計算の基礎となっていること[1], エネルギー・質量の保存に基づく連続体力学とともに, エントロピーの増大則を基盤とする熱力学も変分原理に従うものであり, 自己組織化の文脈の下で, エントロピー増大則としての変分原理と対極にあると思われているエントロピー排出による「散逸構造」が, 現在の自己組織化理論の枠組みの中で統一的に止揚されていること[2]の2点を指摘しておきたい.
[不安定臨界点] 変分問題に対するオイラーの解法はその後の解析学に本質的な問題を提起し続けた. 最初の問題は解の存在であって, ワイヤーストラスによって汎関数の連続性と近似列のコンパクト性による原理が発見されたあとも, 最も簡単な場合でさえ完全な証明には実解析と抽象解析の進展を必要とした.もうひとつがヒルベルトによって鋭く指摘された解の正則性であり, 連関するこの二つの問題は20世紀の解析学をリードし続けた. 一方, オイラー方程式の解は必ずしも最初の変分問題の解とはならず, 多くのオイラー方程式の解は安定ではない. しかし不安定な解の存在証明や分類こそが非平衡問題の解決の鍵であり, その意味でオイラー方程式は複雑なダイナミクスを理解する第一歩となるものである. ここでは力学系と汎関数の位相の観点からこのことを明らかにする.
[双対性] 通常, 双対性は線形性を前提として定義される. 行列の場合, 結びつける空間は反転し, 双対作用は転置で表示できる. 正方行列は2次形式の微分であり, 自然な形で変分構造がはいる. ルジャンドル変換は変分形で表示された双対変換であり, 凸汎関数に拡張される. トーランド双対は二つの凸汎関数の差とルジャンドル変換を組み合わせたもので, ゲーム理論の意味でラグランジュ汎関数に包括される.これは場と粒子の統合であり, 星雲・恒星・プラズマなどの自己相互作用流体, 電子や化学物質などの輸送現象, 極限状態でミクロに誘起される超伝導, 凝縮・乱流・マクロな臨界状態である相転移・相分離・ヒステリシス, 生命を支配する走化性と腫瘍形成など, 広範囲の問題を記述している[4]. 双対性と平均場階層に基づくスケーリングを駆使すれば, 非線形偏微分方程式によって定常解の安定性・解の爆発と創発・遷移的秩序形成などを統一的に解明することができる. 本講演ではヒエラルヒー・自己相似性・双対変分原理により記述される数理的現象と数学解析を, 非平衡自己相互粒子系平均場に現出する量子化する爆発機構[5]と, 数理病理学, とりわけ腫瘍形成に関する数理科学に焦点を当てて解説する.
[1] H. Fujita, N. Saito, and T. Suzuki, Operator Theory and Numerical Methods, North-Holland, Amsterdam, 2001.
[2] 国武豊喜編, 自己組織化ハンドブック, (株)エヌ・ティー・エス, 東京, 近刊
[3] T. Suzuki, Free Energy and Self-Interacting Particles, Birkhäuser, Boston, 2005.
[4] T. Suzuki, Mean Field Theories and Dual Variation, submitted for publication of Elsevier, Amsterdam.