アクセサリー・パラメーターとモノドロミー -- 概説 --
熊本大学大学院自然科学研究科 原岡喜重
ガウスの超幾何微分方程式は,リーマン球面上3点に確定特異点を持つ2階の線形常微分方程式です.
リーマンは,そのような方程式は,各特異点における特性指数を与えることで一意的に決まってしまうことを指摘しました.
このとき,方程式の解の多価性を表す量であるモノドロミーも,特性指数から一意的に定まり,具体的に求めることが出来ます.
また解を積分で表示できることもわかり,それを用いて接続係数を求めることもできます.
このようなよく分かる方程式をrigidと呼ぶことにします.
一般の方程式ではこのように都合の良いことは起こらず,方程式に特性指数からは決まらないような係数--アクセサリー・パラメーター--が含まれます.
すると次のような問題が自然に考えられます.
問題(1)
アクセサリー・パラメーターを持たない(すなわちrigidな)方程式をすべて求めよ.
その全体の構造を明らかにせよ.
問題(2)
アクセサリー・パラメーターを持つ方程式に対して,モノドロミーや接続係数といったその大域挙動を記述する方法はないだろうか.
問題(2)は,明示的に記述するという意味では恐らく否定的なので,次のように問題を設定する方が格段におもしろくなるでしょう.
問題(2')
アクセサリー・パラメーターを持つにもかかわらず,その大域挙動が明示的に記述できるような方程式を何らかの方法で特徴づけよ.
以上の問題は,微分方程式の内在的な問題として述べてきましたが,スペクトル理論をはじめとする解析学のほか,整数論(保型関数論)・表現論・数理物理・曲面論など様々な分野に関わり,非常に興味深いところです.
そういった広がりについては,この概説の中でも少し触れようと思いますし,また加藤氏・大島氏のお話からも伝わってくると思います.
さて問題(1)については,大久保謙二郎氏が早くから問題として取り上げ,その後の研究の根幹をなす数々のアイデアと大きな器を打ち出されました.
この方向で問題(1)に決着をつけたのが横山氏で,その内容は次の講演で詳しく説明されます.
おもしろいことにほぼ同時期に,N. M. Katzも問題(1)に取り組み,別な形での解決をもたらしました.
Katzの方法についてはこの講演の中で説明いたします.
問題(2')はまだこれからの問題で,この先には豊かな数学が広がっているように思います.
2日目の講演において,この方向に関わる話題が取り上げられると思います.
この概説では以上のような研究の流れを,モノドロミーやアクセサリー・パラメーターといった基本的な概念もゆっくり説明しながら,大きくとらえてお話ししようと思います.
RigidなOkubo方程式系の構成と接続問題
千葉工業大学工学部 横山利章
本講演では、まず、Okubo方程式系とその拡大・縮小について述べ、
既約かつrigidな半単純Okubo方程式系はすべて、
この2つの操作で作り出せることを説明する。
つぎに、拡大操作・縮小操作の解析的背景を述べる。
線形微分方程式の局所解の間に成り立つ大域的な関係式を具体的に
求める問題を接続問題という。
Gauss超幾何微分方程式は接続問題が解けている数少ない方程式の
うちの一つである。
大久保氏は接続問題を研究する過程でOkubo方程式系の重要性を
認識するに至ったが、
拡大操作・縮小操作も接続問題を通して得られたものであり、
解のEuler積分表示やBarnes積分表示と密接な関係がある。
ここでは、Euler積分表示と拡大操作との関係を説明し、
Euler積分によるGauss方程式の接続問題の解法を、
Okubo方程式系に適用することを試みる。
最後に、接続係数(解の大域的関係式における係数)が
拡大操作・縮小操作でどう伝播するか述べる。
複素鏡映群をモノドロミーにもつ微分方程式を作る
琉球大学教育学部 加藤満生
Gauss の超幾何微分方程式
のモノドロミー群
は
のとき2次元の
(つまり
内の)複素鏡映群になる.
一方 Schephard and Todd (1954) により,有限既約な複素鏡映群
の分類は完成されている.
この講演において,全ての有限既約な複素鏡映群
に対し,
をモノドロミー群にもつ,
次元射影空間
上のフックス型
微分方程式(系)を(ある意味で)全て作ることを説明する.
この微分方程式(系)は
のときは2階の常微分方程式,
のときは2階の(連立)偏微分方程式系として,いずれの
場合にもアクセサリー・パラメーター無しの形で
求まる.
の場合,この偏微分方程式系を
一般の直線に制限してできる
階の
常微分方程式はやはり
をモノドロミー群にもち,さらに
アクセサリー・パラメーターをもつ.ただし,その
アクセサリー・パラメーターを動かしてしまうと,
モノドロミー群は
ではなくなる.
アクセサリー・パラメーターを動かしたとき
モノドロミー群がどう変化するかは今後の興味ある問題である.
以下おおまかに,話の道筋(シラバスにあたるもの)を書く.
1.あるGauss の超幾何微分方程式のモノドロミー群を実際に求め,
それが2次元有限既約な複素鏡映群になることをみる.
2.上の2次元有限既約な複素鏡映群に対し,それをモノドロミーに
もつ2階の常微分方程式を群の不変式を用いて作り,
それが元のGauss の超幾何微分方程式に
なることを確かめる.
3.一般の
次元有限既約な複素鏡映群
に対し,
を
モノドロミー群にもつ
上の微分方程式系の
作り方を示す.
4.3.で求めた微分方程式系のある種のuniversalityについて,
及び,この微分方程式系を直線へ制限してできる常微分方程式
について簡単に述べる.
アクセサリー・パラメーターの決定問題
熊本大学大学院自然科学研究科 原岡喜重
アクセサリー・パラメーターを持つ微分方程式の中にも,解の積分表示があるなどといった特殊事情によって,モノドロミーや接続係数を明示的に計算できるものがあります.
しかしrigidのときとちがって,そのような特殊事情を,方程式を外から見ただけで判定する方法は知られていません.
状況としては,恐らく次のようになっていると考えられます.
アクセサリー・パラメーターを持つ微分方程式のモノドロミーなどは,一般にはとても超越的な量になっているが,そのアクセサリー・パラメーターがある特殊値を取った場合に限って,計算可能な量となる.
そのようなアクセサリー・パラメーターの特殊値を見つけるメカニズムを開発したいと考えます.
アクセサリー・パラメーターの特殊値を決定する問題は,上のような「解の積分表示を持つように」,といった場合のほかにもいろいろあります.
N. ElkiesやY. Andréは,Shimura curveから出発して,対応するSchwarz微分方程式を求めるという計算をしています.
簡単な場合にはGaussの超幾何微分方程式になりますが,少し複雑な場合にはHeunの微分方程式というアクセサリー・パラメーターを含むものが得られ,そのときのアクセサリー・パラメーターの値はある対称性によって決定されています.
あるいは,解をベキ級数展開したとき,その係数の分母に現れる素因数が有限種類に限るという条件により,アクセサリー・パラメーターの値を決定せよ,という問題も考えられています.
これはDworkのアクセサリー・パラメーター問題と呼ばれます.
そこで,非常に漠然としていますが,「何らかの良いことが起きるようにアクセサリー・パラメーターの値を決定せよ」という問題を設定します.
この講演では,微分方程式の延長可能性というのが,この問題に寄与するのではないか,ということを述べたいと思います.
延長というのは,常微分方程式に対して,独立変数を増やして,多変数の完全積分可能系(ホロノミック系)にすることで,ホロノミック系の制限の逆操作ということになります.
延長というのは,別の見方をするとモノドロミー保存変形になるので,モノドロミー保存変形方程式の代数関数解を求めるという問題と表裏の関係になります.
分かるFuchs型方程式
東京大学大学院数理科学研究科 大島利雄
岩波全書の数学公式IIIは「特殊関数」であるが、Gaussの超幾何関数に関する部分が
(それを定める方程式の多項式解や合流などの特殊化と合わせて)7割以上を占めて
いる。
これを拡張する試みは多変数化において著しく進展し、古くはAppell等による、また最近ではGelfand等やHeckman-Opdamによる超幾何が構成された。
Heckman-Opdamの超幾何関数は対称空間の帯球関数を一般化したものであり、それを定める方程式は、完全積分可能量子系の中でrigidなものとして特徴づけられる。
その大域的性質を調べるため、示野氏と講演者は1次元特異集合への制限常微分方程式を
計算し、Simpsonが分類したeven familyなどが現れることを昨年発見した。
半単純Lie群の表現論と関わって現れる常微分方程式は「分かる方程式」であって、Gaussの超幾何の類に限ると考えてきたが、基本的だが接続公式が知られていなかった方程式が現れたことは驚きであった。これを含め、「分かる方程式」とは何か?ということに講演者は興味を持つに至った。
Riemann球面上の1階Fuchs型方程式系の間には、Katzのmiddle convolutionsや横山氏の拡大・縮小などの「分かる」変換が定義される。
講演では、これらを用いた方程式の分類について、変換の線形代数的解釈および組み合わせ論的側面、Kac-Moodyルート系との関連、アクセサリー・パラメータの幾何学的意味、Deligne-Simpson問題、方程式の既約性などを含めて解説する。
Fuchs型方程式は、アクセサリー・パラメータの数を決めると有限個に分類されることが分かる。
特にrigidな系はこの変換の繰り返しで互いに移るというのがKatzの主要結果で
ある。
また最少のアクセサリ・パラメータを持つものは、アフィンルート系の
,
,
,
の4つに分類される。
はモノドロミー保存変形方程式がPainlevé方程式となるものにあたる。
常微分方程式を1階システムの形で扱うのが最近の傾向であるが、応用上は単独高階が現れることが多い。
単独高階の研究はより遅れているが、その場合のアクセサリ・パラメータやrigidityについて解説する。
接続公式がガンマ関数で具体的に書けることが知られていたものは階数が
では
という一般超幾何のみであったが、講演ではeven familyを含む広いクラスでユニバーサルに成り立つ一般公式を示す。この公式に基づき40階以下では400万個以上の例の具体的な接続係数の表が得られた。一般公式は解の積分表示などを使わず代数的に証明され、それは元来のGaussによる証明の拡張とみなせる。