ENCOUNTER with MATHEMATICS ----- 数学との遭遇


第9回

実1次元力学系

群の作用をそのダイナミックスから解析する





1998年10月23日(金)15:00 〜 10月24日(土)17:00

於 : 東京都 文京区 春日1--13--27 中央大学 理工学部5号館



10月23日(金)
15:00〜16:00 実1次元力学系 I : 坪井 俊 氏 (東大・数理)

16:45〜18:15  有界オイラー類と円周の同相群の共役 : 松元 重則 氏 (日大・理工)

10月24日(土)
10:30〜12:00  実1次元力学系 II : 坪井 俊 氏 (東大・数理)

14:00〜15:30 双曲結晶群の S^1 の PL 同相群への表現 : 初等的な構成 : 皆川 宏之 氏 (北大・理)

16:00〜17:00  実1次元力学系 III : 坪井 俊 氏 (東大・数理)




別紙の趣旨に沿った集会の第9回を以上のような予定で開催いたします。 非専門家向けに入門的な講演をお願い致しました。 多く方々のの御参加をお待ちしております。 講演者による講演内容へのご案内を添付いたしますので御覧下さい。

連絡先 : 112 東京都文京区春日 1-13-27 中央大学 理工学部 数学教室 tel : 03-3817-1745
ENCOUNTER with MATHEMATICS : e-mail : encmath@math.chuo-u.ac.jp
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三松 佳彦 : yoshi@math.chuo-u.ac.jp / 高倉 樹 : takakura@math.chuo-u.ac.jp




実1次元力学系




群の円周への作用をそのダイナミックスから解析する。

前文

常微分方程式の定性的理論から発生した円周の同相写像の 力学系的研究は様々な群の円周への作用を研究する 大きな研究分野へと育っている。多くの興味深い群作用を例示し、 群作用の共役不変量から群作用の分類に迫る。



実1次元力学系
 坪井 俊(東大数理)

本講演では 実1次元力学系入門としていくつかのトピックの解説をおこなう。 3回の60分講演で、次のような内容を 予定している。例を豊富に与えることとし、証明は与えない。

第1回:

1次元力学系研究の由来。円周の同相写像を研究することとは何か。

常微分方程式 の解の定性的研究はポアンカレに始まるといわれている。 時刻によらない常微分方程式がたくさんの第一積分を持てば、 解はある程度 低い次元の空間にとどまる。この空間がコンパクトで 1次元ならば解は円周上を動き、理解しやすい対象である。 この空間がコンパクト2次元で、常微分方程式が定数解を持たないとする と、 2次元多様体はトーラス(またはクラインボトル)であり、 解曲線に横断的な円周が 存在する。さらに、円周と2度以上交わる解曲線が存在すれば、 すべての解曲線は円周と交わり、このような解曲線の 回帰写像として円周の同相写像が定まる。この同相写像の 軌道の様子を調べれば常微分方程式の解曲線の様子がわかる。 円周の同相写像のイテレーションに周期点があれば、周期解が あり、イテレーションの軌道が稠密なら、解曲線は トーラス上で稠密となる。

円周の同相写像の表示、同相写像のイテレーションの様子。 回転数とは何か。ダンジョワの定理。

円周の向きを保つ同相写像は、 直線の周期的な同相写像 に持ち上げられる。 この周期的な同相写像のグラフを書くこと、そのイテレーションを書くこと は 現在ではパソコン上で容易にできる。イテレーションの様子を見ると 豊富なダイナミックスが含まれていることがわかる。 直線の周期的な同相写像の共役不変量が移動数であり、 これが円周の同相写像の共役不変量である回転数 $\in \bf R/\bf Z$を与える。ダンジョワによれば C2の微分同相写像は、回転数が無理数ならば、 その回転数の回転と位相共役である。 微分共役の条件は難しい。 アーノルド、エルマン、ヨコス達の結果がある。 また、C2よりも微分可能性が低い場合もダンジョワ、ピクストン、 $\cdots$の仕事がある。 (回転数が有理数ならば 周期軌道が存在する。)この回転数は ${\rm Homeo}(S^1)$の 2次元有界コホモロジーにある有界オイラー類の$\bf Z$の 2次元有界コホモロジー( $\cong {\bf R}/{\bf Z}$)への引き戻しと 理解される。(98年のICMでのマクマレンの講演の中に 微分可能な同相写像で、臨界点を持つものが扱われていたこと を付記しておく。)

円周の同相群の有限生成部分群, 軌道, 極小集合. サックステーダーの定理.

軌道の概念は円周の同相群の有限生成部分群に対し定義される。 この有限生成部分群の作用に対し、空でない不変な閉集合のうち極小のもの を 極小集合とよぶ。極小集合は有限個の点、円周全体、またはカントール 集合となる(最後の場合を例外極小集合と呼ぶ。) どのような極小集合を持っているかは有限生成部分群の作用の ダイナミックスにとって重要な不変量である。 サックステーダーによれば、有限生成部分群GC2級の作用 が例外極小集合を持てば、 例外極小集合に含まれる可算個の点pで、pを固定点とする$g\in G$が存在し、gpでの 微分は1と異なる。すなわちpは線形にアトラクティブまたは リパルシブとなる。

第2回:

円周の同相群の有限生成部分群の例. その力学系的性質.

可換部分群. 可解部分群.

有限生成群の作用の軌道の増大度. 多項式増大度を持つ作用.

SO(2)の無理数回転と可換な同相写像はSO(2)の回転に限る。 皆川によれば、S1の区分線形同相写像の群PL(S1)に SO(2)と位相共役なものが存在する。これは皆川氏の講演でも 述べられると思うが驚くべき現象である。

周期軌道をもつ同相写像は何回かイテレートして固定点を 持つようにする。固定点をもつ同相写像fと可換な同相写像gについては、 固定点が共通である場合が最も面白い。 そのような場合、コペル、タケンズの結果を使うと、 f, g が実解析的で 階数2の自由加群を生成するならば、 f, g ともに円周上のベクトル場$\xi$の積分となる ことがわかる。

G=<f,g:fgf-1g-1=g-1fgf-1>という群の作用は、とくに f, g の作用が可換とならず、 ともに固定点を持つ場合に色々と 興味深い例を与える。 実解析的な作用は可解群を経由し、基本的に上半三角行列 $\subset PSL(2,{\bf R}) \subset {\rm Diffeo}(S^1)$に含まれるものとなる。

$G_1=<f,g:f^kgf^{-k} {と} g {は可換}, k\in \bf Z>$を考えると、G1$C^\infty$級の作用のなかに、g の固定点集合がfの固定点集合を真に含むことがある。このなかに ステアケースと呼ばれる作用がある。 それはfの固定点を両端とする区間の中のfの基本領域に gの台があるような場合である。 gの台の内点xの軌道は ${\bf Z}^2$を辞書式にならべた形であり、 Gの長さn以下のワードによるxの像の個数はn2のオーダーで増え る。 このようなものを一般化して多項式増大度をもつ軌道を持つ 有限生成群の作用も構成される。すべての軌道が多項式増大度をもつ ような作用は大まかな分類が可能である。

群自身の増大度の問題はグロモフ、グリゴルチュク $\cdots$ により 研究されているが、結構難しい。

区分線形同相写像の群PL(S1)については、 皆川氏の講演でその豊かさが実感されていると思うが、 PL(S1)の部分群にはヒグマン・トンプソンの群 と呼ばれる有限表示無限単純群がある。 たとえば、 <x0,x1 : x1-1x0-1x1x0x1=x0-2x1x02, x0-3x1x03=x1-1x0-2x1x02x1>がそのような群である。 実際、PL(S1)は実例の宝庫である。

第3回:

指数関数的増大度を持つ群. フックス群.

群作用のエントロピー. ゴドビヨン・ヴェイ不変量. ジス・ランジュヴァン・ワルチャックの定理と ドゥミニーの定理.

一般の有限生成群の作用を考えると指数関数的増大度をもつ 軌道の存在が予想される。このような作用の最も重要な例は 何度も登場しているフックス群の作用である。 有限表示群に対しては、 ボーエン、ジス・ランジュヴァン・ワルチャックにより定義された 群作用のエントロピーという量がある。 S1の部分集合Aについて、 その任意の2点が長さn以下のワードの作用で $\varepsilon$以上離れることの出来るとき、 A $(n,\varepsilon)$分離的ということにする。 $N(n,\varepsilon)$ $(n,\varepsilon)$分離的部分集合の 元の最大個数をあらわす。 $N(n,\varepsilon)$はもちろん $\frac{1}{n}$以上であるが、横断的増大度を表すもので、 作用が複雑なら指数関数的にも増えうる。 (この量についての江頭による研究がある。) $\lim_{\varepsilon\to +0}
\limsup_{n\to\infty}
\frac{1}{n}\log N(n,\varepsilon)$をエントロピーと呼ぶ。 ジス・ランジュヴァン・ワルチャックによれば、 群作用のエントロピーが 正であることと弾性軌道の存在は同値である。 xの軌道が弾性軌道であるとはxの軌道上の点g1(x)がxを アトラクティブな固定点とするg2の アトラクティングな領域に含まれることをいい、 この場合いわゆるピンポンの議論によりxの軌道は指数関数的増大度 を持つ。曲面群の円周へのC2級作用に対しては、ゴドビヨン ・ヴェイ不変量が曲面群の2次元コホモロジーの元として 定義される。ドゥミニーによればゴドビヨン ・ヴェイ不変量が零でなければ弾性軌道が存在する。従って、 曲面群の円周への作用のゴドビヨン ・ヴェイ不変量が零でなければ、群作用のエントロピーは正である。

収束群についてのツキア・ガバイ・キャッソンの定理.

${\rm Homeo}(S^1)$の部分群Gが収束群とは、 Gの任意の無限列 giに対し、部分列fiと点x, yを選んで、 fi, (fi)-1が、 $S^1-\{x, y\}$上広義一様に定値写像x, yに収束する ように出来ることをいう。ツキア・ガバイ・キャッソン により、このような群はPSL(2,R)の離散部分群となる ことが示されている。これはフックス群の 力学系理論的な特徴付けとして重要なものである。余裕があればこの話題に も 触れたい。

参考文献

青木統夫, 力学系・カオス, 共立出版 (1996).

A. Casson and , D. Jungreis,

Invent. Math. 118 (1994), no. 3, 441-456.

コディントン・レヴィンソン,

常微分方程式論(下),吉田節三訳, 吉岡書店 (1969).

D. Gabai,

Ann. of Math. (2) 136 (1992), no. 3, 447-510.

E. Ghys,

Contemp. Math., 58, III, Amer. Math. Soc., Providence, RI, (1987) 81-106.

E. Ghys,

Seminaire Bourbaki, Vol. 1988/89. Asterisque No. 177-178 (1989), Exp. No. 706, 155-181.

E. Ghys,

Inst. Hautes Etudes Sci. Publ. Math. No. 78 (1993), 163-185 (1994).

E. Ghys, R. Langevin et P. Walczak,

Acta Math. 160 (1988), no. 1-2, 105-142.

田村一郎, 葉層のトポロジー, 数学選書, 岩波書店 (1976).

P. Tukia,

J. Reine Angew.

Math. 391 (1988), 1-54.

矢野公一, 力学系2, 岩波講座 現代数学の基礎, 岩波書店 (1998).



有界オイラー類と 円周の同相群の共役
日大理工 松元重則

種数 $g\geq 2$ の有向閉曲面 $\Sigma_g$ の基本群を $\Pi_g$ とし、準同 型 $\phi:\Pi_g\rightarrow {\rm Diff}^r_+(S^1)$ を考える。ここに ${\rm Diff}^r_+(S^1)$S1 の向きを保つ Cr 級微分同相写像のなす 群を表す。 古典的に $\phi$ には、Euler 数と呼ばれる数 $eu(\phi)$ が対応する。 これは $\phi$ から得られる $\Sigma_g$ 上の S1 束の Euler 類を $\Sigma_g$ の基本類ではかった数であるが、また次のように与えることもで き る。 曲面群 $\Pi_g$ の表示

\begin{displaymath}\Pi_g=<a_1,b_1,\cdots,a_g,b_g\mid[a_1,b_1]\cdots[a_g,b_g]=1>
\end{displaymath}

を(曲面の向きとあうように)とり、 準同型 $\phi$ による生成元の像の、被覆 ${\bf R}\rightarrow S^1$

に関する持ち上げを

$A_1, B_1, \cdots, A_g, B_g$ と する。このとき元 $
[A_1,B_1]\cdots[A_g,B_g]
$は恒等写像の持ち上げであり、従って ${\bf R}$ 上の整数移動である。 この整数はすべてのものの選び方によらずに定まり、オイラー数 $eu(\phi)$に一致する。

さて、あらゆる準同型 $\phi:\Pi_g\rightarrow {\rm Diff}^r_+(S^1)$ について 不等式  $\vert eu(\phi) \vert \leq 2g-2$ が成り立つことが知られている (Milnor-Wood の不等式)。ちなみに曲面 $\Sigma_g$ を実現する Fuchs 群 表示 $\Phi:\Pi_g\rightarrow PSL(2;{\bf R})\subset{\rm Diff}^r_+(S^1)$ をとれば、 $eu(\phi)=2g-2$である。ここに $PSL(2;{\bf R})$ は、無限円への作用により ${\rm Diff}^r_+(S^1)$ の 部分群とみなされる。 これら Fuchs 群表示は、すべて位相共役であるが、 Cr 共役($r\geq1$)においては、Teichmuller 空間の点として 分類される。

今回の講演で主にお話ししたいのは、次の定理である。

定理1 準同型 $\phi:\Pi_g\rightarrow {\rm Diff}^r_+(S^1)$ ($r\geq2$) で、等式  $eu(\phi)=2g-2$ を満たすものは皆互いに位相共役である。

この定理の証明には、M. Gromov により、多様体のいわゆる単体的体積と 関連して導入された有界コホモロジーが、離散群の S1 上への作用を 分類する手段として用いられる。

定理1は E.Ghys により次の形に強められている。

定理2 準同型 $\phi:\Pi_g\rightarrow {\rm Diff}^r_+(S^1)$ ($r\geq3$) で、等式  $eu(\phi)=2g-2$ を満たすものは Fuchs 群表示と Cr 共役である。

この証明は、力学系理論の様々な手法を応用しており大変おもしろい。 時間が許せばこれについても言及したい。



双曲結晶群の S1 の PL 同相群への表現:初等的な構成
 皆川宏之(北大理)

S1 のPL同相写像群 PL(S1) を少しでも多くの人に知ってもらお うという のが今回の話の目的です。 この群への主なアプローチの仕方としては、分類空間などを扱うホモト ピー論的 なもの、有限表示部分群に対するデーン関数などを扱う群論的なもの、そし て

S1 への作用を扱う力学系的なものなどが挙げられます。ここでは、力学 系的 アプローチを特に意識しながら双曲結晶群すなわち Lie 群 PSL(2,R) の ココンパクト離散部分群から PL(S1)への表現に関連するトピックスをい くつか 紹介できればと考えています。 双曲結晶群は、双曲平面の理想境界への作用としてそれ自身 S1 の実解 析的微分 同相群の部分群となりますが、PL(S1) の部分群と位相共役となることが アノソフ 流に対する手術を用いて示すことができます。しかし、このようにして得ら れたPL 表現を実際に書き下したり解析したりすることは、一般的には、非常に大変 な作業で あり、さらには、この手法では得られないPL表現も数多く存在します。そ こで、 講演では、 (1)Ghys-Sergiescu による2進PL同相群のスムージング (2)アノソフ流の手術とアノソフ葉層の横断的PL構造 (3)PL表現の連続変形と離散的ゴドビヨン-ベイ不変量 といった話題を念頭におきながら、曲面群、三角群といった双曲結晶群に対 し そのPL表現の初等的構成をお見せしたいと思っています。

参考文献

D.Fried, Topology 22(1983), 299-303.

E.Ghys, Ann. Inst. Fourier 37(1987),59-76.

E.Ghys, Topology 26(1987),93-105.

E.Ghys and V.Sergiescu, Comment. Math. Helv. 62(1987),185-239.

N.Hashiguchi, Ann. Inst. Fourier 42(1992),937-965.

N.Hashiguchi and H.Minakawa, J. Fac. Sci. Univ. Tokyo Sect. IA, Math 39 (1992),271-278.

H.Minakawa, Topology 30(1991),429-438.

H.Minakawa, Topology 36(1997),775-781.







Last Modified : Mar 12, 1913 : 21:51